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 オレにもプライドってやつがある。
 考えれば考えるほど、下らないことばかりが頭を支配する。

 本当に欲しいものなら、なりふり構わず奪うべきなんだろう。
 本当に大切なものなら、全てを賭けて求めるべきなんだろう。

 ランディが言った通りの行動を取りたい自分がいて、夜が明けたら会いに行こうと決心する。
 
 決心、だけなら数え切れないほどした。
 なのに、オレにはできねー。
 アイツの為を思って、とかそんなんじゃねー。
 ただ自分を守りたいから。もうあんな思いをするのはご免だから。

『最後だけ優しい』
 ロザリアはそう言った。
 最後だと、言った。
 そしてまた、何度も何度も繰り返して、擦り切れそうになった言葉が口をついて出る。
「もう終わっちまったんだから…潔く諦めろよな」
 何より、オレの場所だった彼女の横には、もう他の誰かがいるのだから。
 彼女の心の中にあったオレの場所にも、あの男は座っているのだろう。

 過ぎ去ってしまった思い出達。
 彼女の姿を思い浮かべる回数より多く、楽しかった日々ばかりが頭を駆けめぐる。
 不毛だと呆れながらも、心が軽くなる。
 そして、すぐに煮えたぎるような怒りがこみ上げてくるのが常だ。
 彼女が新しく思い出を作り始めていることが、許しがたい裏切り行為だと心の底から思う。

 喉の乾きを覚えて周りを見回すと、テーブルの上に水の入った瓶が目に付いた。
 いつ置いたのかを忘れてしまったくらい、前に空けたものだ。
『ゼフェル様は本当にお水が好きですのね』

 また、だ。

 頭を振って瓶を手に取り、一口飲む。
 感情の動きが激しい。
 頭の中の考えに振り回されて、肉体も疲労しているようだ。
 立つのも億劫だったが、のろのろとした動作でベッドに倒れ込む 。
 ここ最近は使用人を入れていないので、シーツも取り替えていない。
 砂がシーツに落ちているのか、ザラザラした感触がする。
 その感触だけを感じ続けようと努力しているうちに、少しずつ冷静さが戻ってきた。

 アイツは悪くない。 捕まえておけなかったオレが悪い。
 だから、アイツを責める資格なんてない。
 それに、いつまでもぐちゃぐちゃアイツのことばっか考えてるオレは、みっともねー。

 そこまで考えて、疑問が頭をよぎる。
 アイツのことを考えなくなるオレを、オレは許せるだろうか?
「じゃーどーすりゃいいんだよ!」
 自分の矛盾に耐えかねて叫んだ。
 ああ、本当に嫌だ。
 だから…最後の決心をしよう。
 オレはもう、アイツを諦める。そうしないと、オレはオレでいられなくなるだろうから。

 悔しさと寂しさ、それとアイツへの想い…恋しいって気持ち、か。
 それらが混ざり合ったものが、オレの部屋に沈んでいる。
 この空気は良くない。
 そうだ、考えるのはオレの仕事じゃない。オレはもっと単純でいいはずだ。
 アイツが好きだ。あの時は過去形で言ったが、本当は今でも好きだ。
「だけどよ、恋に狂うだなんて、絶対にしたくねーんだ」
 情けない声が出たが、それは本音だ。
 そう、オレはオレらしく生きたい。そのためには諦めるしかないのだから。

「決めちまえば、なんとなく楽になったような気がするぜ」
 苦し紛れに一人ごちて、目を閉じる。

 もう寝ちまおう。 こんなのは今日で終わりだ。
 この決心のせいで明日のオレはまた苦しむだろーけど、それは目覚めてからのオレに任せてしまえばいい。明日からのオレに、今とは違った苦しみが待っていても、選択だけは終えてしまっているから耐えられるはずだ。


『メカの設計の時みてーだ』

 設計図を書き上げるまでが一番大変だ。
 あらゆるデータを集めなければならないし、頭を死ぬほど使う。
 しかし、それを元にして実際に作り始める作業に入ると、体力的にはキツイが没頭しきってしまう。
 ただ設計図に忠実に従い、手を動かしていくだけでいい。
 時にはミスを発見して、また設計図を修正しなければならなくなることもあるが、大元は変わらない。単純作業だ。

 『もう設計図はできたんだ。だから後はそれに従って努力すりゃーいいんだ』
 使い慣れない単語を思い浮かべた自分に苦笑したが、”努力”以外に適切なものが見あたらないのだからしかたがない。

 少しずつ眠気が近付いてくる 。
 ぼんやりしてきた頭は、また悩み始める。
 チクショウ、オレもしつけーな。

『でも、まあ。寝ちまうまでの時間はまだ今日だしな…』

 いつものように頭の中の暗い海を泳いでいく。
 冷たくて暗い、泳いでも泳いでも岸などはない海。だが、明日からはこの海で向こう岸を探す必要などないのだ。
 そう思えば、幾分気が楽になる。

 ふと底を見ると、この部屋と同じ沈殿物が沈んでいることに気がついた。
 どろどろに溶けているそれを掬ってみると、中から何かの塊が出てくる。
 ああ、ダメだ。捨てちまわねーと。

 しかし、なぜか手を離すことができない。
 どうしても、捨てることができない。
 勝手に手が動きだす。
 その塊を磨き始める。
 やめろ。もうオレは何も考えたくねーんだ。

 そして、それは産声らしきものをあげた。

『忘れられたくない』
 塊は泣き続ける。

『アイツに軽蔑されたくない』
 泣き続ける。

『オレだけを見ていてほしい』
 止まらない。

『愛してほしい』

 恐ろしいほど、彼女への想いが流れてくる。
 知らなかった。 オレは、もうとっくに恋に狂ってたのか。

 本当のことなんて知りたくなかった。


 バランスが崩れていく。









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