5
半月ほどで現女王の即位から一年になる。
式典の準備にかかりきりの恋人を遠乗りに誘うために、オスカーは扉をノックした。
「あら、オスカー。どうなさったの?」
嬉しそうな笑顔を見せる恋人。
「ああ、大切な用事があってな。我が麗しの補佐官殿を一目見ないことには執務が進まない」
「そうですの。それは確かに困りますわね。…でも、もう大丈夫でしょう?」
オスカーを見つめる瞳は、優しく細められている。
「あ、ああ」
自然と 顔が熱くなる。
「あら、歯切れが悪いですわね」
「いや、ようやく愛しい姫君に逢う事ができたんだ。その姿を瞼に刻む時間をもう少しだけくれてもいいんじゃないか?」
「分かりましたわ。少し待っててくださるかしら?」
ロザリアはため息をついて、それでも嬉しそうにお茶の用意を始めた。
美しい恋人、だ。
そう、女王候補であったころから、ロザリアは美しかった。
ツンと澄ましたところも、からかうとムキになるところも、本当に愛らしかった。
だが、その頃は恋愛対象としては見ていなかった。
彼女はやはり女王候補であったし、それ以上に少女でありすぎた。
しかし、今は違う。
まだ少女ではあるのだが、決定的に何かが違う。
実際に職務を預かる補佐官となり、精神的にも成長しているのだろう。
そして…最も惹かれてやまないのは、『恋人』にだけ見せる彼女の表情や仕草。
現時点では、知れば知るほど、関係が深まれば深まるほど、彼女は魅力的になっていく。
…これで夢中になるなと言われても、無理だろう?
『早くロザリアの全てを知りたい』だなんて、まるでケツの青いガキのような考えまで浮かんでくる。
気恥ずかしいが、悪くない。
女性は本当に未知なものだ。あのかわいらしいお嬢ちゃんだったロザリアが、 俺にこんなことを考えさせるようになるだなんてな。嬉しい誤算だぜ。
「いやですわ、思い出し笑いですの?」
顔を上げると、青い瞳にぶつかった。
目の前に、黒い液体が注がれた品の良いコーヒーカップが置かれている。
一口飲んで、今度は意識的に笑みを浮かべた。
「ああ、出逢った頃の君を思いだしていたんだ。あの頃の君は本当に愛らしかったな」
「まあ。まだそんなに月日は経ってなくてよ?」
「女性は短期間で本当に変わる。君にはもう『お嬢ちゃん』とは言えない」
「どういう意味ですの?」
少し不愉快そうな顔は、その頃のロザリアを彷彿させるが、それでもやはり違う。
「君は輝かんばかりのレディになってしまったからな。美しい俺だけのレディ、哀れな男の頼みを聞いてくれないか?」
僅かばかり考えて、ロザリアは言った。
「…何かしら?」
あまりにも真剣な顔をしている彼女をからかいたくなって、オスカーは真面目な顔を作った。
「もし、少しでも嫌なら、そう言ってくれ」
瞳を見据えると、ロザリアはゆっくりと頷いた。
「わかりましたわ。それで、お願いというのは…なんですの?」
低い声で、オスカーは囁いた。
「今度の日の曜日…君の時間を俺にくれないか?」
ロザリアは吹き出した。
「オスカーったら…大袈裟ですわよ?全く、何をお願いされるのかと思いましたわ」
明るい笑顔の中に、どこか安心したような表情が窺える。
二人は口づけを何度か交わしただけの関係だ。それが頭にあるに違いない。
しかし、オスカーは急がない。
体を合わせる前には前の、その後には後の楽しみがあることを知っているから。
初めて女性の全てを知りたいと思った時、その機会はすぐに訪れた。
だから今は、その欲望を抑える甘美さを味わおうと不埒な考えを抱いているのだ。
そしてもう一つ、急がない理由がある。
オスカーの中で燻っている確信らしきもの。
『愛を交わした後、きっと彼女は俺の運命の女性になるだろう』
”運命の女性”を得る…その幸福があまりにも待ち遠しく、恐ろしい。
膨大な期待と一抹の不安。
「有能な補佐官殿の貴重な時間を奪おうと試みるのは、君が考えているよりも勇気が要るんだぜ?」
「もう、冗談ばかり」
「冗談なものか。君を誘う時、俺には勇気が必要になるんだ」
だったら、とロザリアはまた優しい瞳になる。
心臓が反応する。
「ずっと勇敢な貴方でいて下さいませね?」
恥ずかしそうに笑う彼女を映した目から胸へと、甘い感情が伝わってくる。
「本当に罪作りだな…君は」
やっとの思いで口にしたが、ロザリアの耳には届かなかった。
「何かおっしゃって下さいませ!黙ってらっしゃると恥ずかしいですわ。…いつも軽口を叩いている貴方らしくないですわよ!」
照れからか、やや乱暴な口調で言う。
少しの沈黙の後、オスカーは真摯な目で呟いた。
「いつか君は、俺の言葉が全て真実だということに気付くはずだ」
「…あらごめんなさい。全てが冗談だと思っているわけではありませんのよ? 知り合ったばかりの頃は様々な女性を口説いている貴方を見て少々困惑はしたけれど、今は…」
彼の真意を誤解したまま、ロザリアは言い訳らしきものを並べ続ける。
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