3
最後の建物は、鋼の守護聖の送った力によって建った。
エリューシオンが、フェリシアよりも先に中央の島に到達したのだ。
当の大陸を導いていたアンジェリークも、守護聖達も驚きを隠せなかった。
『ロザリアに恋をしているはずの彼が、なぜエリューシオンに力を?』
みなゼフェルに真意を問うたが、沈黙以外の返事が返ってくることはなかった。
「ロザリア!」
金の髪を揺らして、アンジェリークが飛び込んでくる。
それを見た部屋の主は、呆れた顔で出迎えた。
「もう、アンタは女王になるんだからもっと上品になさいよ」
いつもと同じような顔で、いつもと同じような台詞。
そして、やはりいつもと同じような口調で言った。
「よく来てくれたわね。わたくしもちょうどお話したいと思っていたのよ」
「ロザリア。私も話したいことがあるの」
アンジェリークだけが、いつもとは違って険しい表情を崩さない。
「なによ、おかしな子ね」
おかしいのは私じゃなくて、ロザリア、でしょう?
いつもと同じように…いや、やや寂しそうな顔でロザリアのばあやがお茶を運んでやってきた。
「アンジェリーク様、おめでとうございます。あなたなら、きっと良い女王になると信じておりますよ」
微笑んで自室に下がる。
アンジェリークは不安を隠さないまま、単刀直入に質問する。
「ねえ、ロザリア。勿論一緒に残ってくれるよね?私達ずっと一緒だよね?親友だよね?」
ロザリアは、微かに微笑んだ。
「それはできないわ。アンジェリーク」
なんとなくわかっていた答え。それでも信じたくなくて、アンジェリークは食い下がる。
「ロザリアがいないと…女王だなんて絶対無理よ!お願いよロザリア…私、あなたと離れたくないの!」
涙が溢れる。こんなのは嘘だ!
一緒にいられると思っていた…ずっと一緒にいるんだと、信じきっていた。
突然連れてこられた飛空都市、そこで出会ったかけがえのない親友。
「最近のロザリアはなんだか変だったわ。すごく私に優しかったよね?でも、優しくなんかしてくれなくても良かったの!ただ傍にいてくれたらそれで良かったのに」
泣き崩れるアンジェリークを抱きしめながら、ロザリアは囁く。
「アンタはきっと大丈夫よ。強いもの。宇宙を救うことができるのはアンタだけ。だからわたくしは帰るわ。わたくしには家族を捨てることはできそうにないみたいだから」
その言葉に、アンジェリークは顔を上げて反論する。
「私を救えるのは、ロザリア、あなただけよ」
もう、とロザリアは嘆息した。
「アンタいくつになったの?少しはわたくしのことも考えてちょうだい。それに…アンタにはあの方もいらっしゃるじゃない」
言葉はキツいが優しい声で窘められて、アンジェリークは項垂れた。
そこで、アンジェリークはようやく思い出した。
確かに自分には想い人がいる。 しかしそれを言うならロザリアも同じではないか。
「…ゼフェル様は?ゼフェル様はなんて言ってるの?行かないでくれって…そう言ってるんでしょう!?」
ロザリアは、また笑った。
「今なんて言ったんだ?」
少年は、愛しい少女に問いかけた。
「ですから、ゼフェル様のお力を、エリューシオンにたくさん送ってやって下さいませ」
そして慌てたように付け足す。
「今日はわたくし、フェリシアへの育成はいたしませんから!」
「じゃなくてよ…いーのか?オレが力送っちまったらエリューシオンが先に…」
アンジェリークが育てる大陸のエリューシオンには、既に七千人もの人々が住んでいるが、鋼の力が送られていなかったのでここ一週間ほど成長が停滞していた。
勿論アンジェリークは育成を頼もうと、何度もゼフェルの執務室を訪れていたのだが、いつもゼフェルはいなかった。言うまでもなく、逃げていたのだ。
「ええ。わたくしがどれだけあがこうと…あの子の勝ちですもの」
ロザリアの大陸も素晴らしい発展を遂げていたが、逆転は不可能であるとゼフェルにもわかっていた。
しかし不安だったのだ。
自他共に生まれながらの女王候補と認めていた彼女である。
女王になれなかった時、彼女のプライドは彼女自身を許せるのだろうか。
彼女の精神は、その挫折に耐えることができるのだろうか。
――――けど、取り越し苦労だったみてーだな。
勝敗が目に見えるくらいはっきりし始めたのは二週間前くらいだったが、ロザリアは冷静さを保っている。
ロザリアには申し訳ないが、彼女が補佐官になるのは、むしろ喜ばしいことだ。
なにしろ、女王は代々恋愛をしてはいけないらしいと聞いているのだから。
…それは困る。
オレたちはまだ始まったばっかだからな。
自分の考えていることを急に意識してしまってゼフェルは恥ずかしくなった。
それを誤魔化すように荒っぽい口調で質問を重ねる。
「でもよー、なんでわざわざそんなことおめーが言うんだ?」
「わたくしがあの子にしてあげられる、最後のプレゼントのつもりですの」
彼女の言葉が理解できず、ゼフェルは素直に問い直す。
「最後って?なんで最後なんだよ。おめー補佐官としてここに残るんだろ?」
言いながら、違和感を覚えた。
態度に変化がなさ過ぎじゃねーか?あんなに女王になりたがってたのに。
いや、それどころか…最近のこいつは変に角が取れた感じで、ロザリアを苦手にしてた奴らまで誉めてたよな。 『安心して補佐官を任せられる』とかなんとか言ってよ。
アンジェリークが女王になるだろうと、暗黙の了解ではあったが守護聖達が認識し始めた頃から、ロザリアの雰囲気は柔らかいものに変わっていた。
決して悪い変化ではなかったので、多少の嫉妬を覚えつつも自分が恋する少女の良い評価を聞く度に一人満足していたものだ。
…ここで暮らすうちに、女王になりたいって気持ちが薄れていっただけかもしんねーし。
嫌な予感を否定しようと必死で考えているゼフェルから視線を外して、ロザリアは俯いた。
そして、彼にとっては信じがたい言葉を口にした。
「いえ…わたくしは帰りますわ」
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