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 ゼフェルは気づいた。
 彼女への感情が、一般的にどのような名で呼ばれているかを。

 自覚してからというもの、落ち着かない日々が続いた。
 気ばかりが急いて、どうしていいのかわからないのだ。

 明日あたり、日の曜日の約束でもしに行くか。
 でもなーアイツの好きそうなとこってオレの好きなとこと合わねーんだよなー難しーぜ。けどちんたらしてたら他のヤツが誘いやがるかもしれねーし。

 「ゼフェルーー!」
 名を呼ばれて我に返ると、緑の守護聖であるマルセルが膨れ面でこちらを見ている。
 守護聖専用のカフェでマルセルとダラダラ喋っていたはずが、いつの間にか考え込んでいたようだ。
「さっきから呼んでたのに…何を考えてたの?」
「なんでもねーよ」
 本当のことは恥ずかしくて言えないので、横を向いて面倒そうな顔を作った。

「嘘ばっかり!ゼフェルが『なんでもない』って言うときって、絶対に何かある時なんだから!」
「あ!?」
 バカにされたような気がして声を荒げたのだが、効果はなかった。
 それどころか、ちょっとゼフェルってわかりやすいよね!と失礼な台詞まで付け足される始末だ。
 あまりの言われように、怒る気にもなれない。

「まあ、オレにも悩みくらいあんだよ」と呟いて、すぐに後悔した。
 目の前に座っている緑の守護聖は、まだ十四歳。
 守護聖の中でも最年少だ。
 心根が優しいことは疑いないが、幼さ故の無神経を未だ持っている。
 『悩みがある』と知ったら、根掘り葉掘り質問してくるに違いない。
 どうやって切り抜けようか、頭脳をフル回転させようとした時。

「悩み?ああ!ロザリアのこと?」

 回転しようと準備していた頭脳は、ブレーキをかけられ混乱する。
「お、おいっ!なんでわかったんだよ!」
 口走って、墓穴を掘ったことに気づいた。

 …オレって、マジでわかりやす過ぎだぜ。そりゃ言われるよな。

 脱力感に包まれて大きなため息を漏らしたゼフェルに追い討ちをかけるように、マルセルは本当に無邪気に笑い出した。
「ゼフェルったら!ゼフェル見てたら誰でもわかっちゃうよそんなの。最近いつもロザリアのことばっかり見てるし、ロザリアのことばっかり話すじゃない!」
 楽しそうに笑い続ける彼に、恐る恐る尋ねる。
「なあ、ひょっとして、他の奴らもそう思ってやがるのか?」
「うん!もうその噂で持ちきりだよ!」
 微笑むマルセルの前で、ゼフェルは頭を抱えた。

 その夜、ゼフェルは恥ずかしさと悔しさでなかなか寝付けなかったが、夜明け頃には開き直っていた。
「ま、バレてんならしゃーねーな」

 この日を境に、誰もがあっけにとられるほどにゼフェルは変わった。

 毎日のようにデートの誘いをしに行ったり(これはロザリアに諫められたが)、彼女のためにイヤリングを作ってプレゼントしてみたり。
 いかに恋愛事に疎いロザリアと言えども、これではゼフェルの思いに気付かないわけがない。
 そして、それは彼女にとって決して不快なものではなかった。
 ロザリアもまた、彼に惹かれていたのだから。

 憎からず思っている相手に好意を示されて、意地を張る必要はさすがのロザリアにもない。
 彼女も、自然と自分の気持ちを素直に表し始めた。

 彼のために胸を高鳴らせながら、お菓子を作って持っていくロザリア。
 甘いものは嫌いだと文句を言いながら、結局は喜んで食べるゼフェル。

 意地っ張りで不器用な二人の歯車は、突然滑らかに動き始めた。
 互いに相手の気持ちがわかってはいるのだが、見ている者が思わず微笑んでしまうようなかわいらしい付き合いだった。
 厳格な首座の守護聖ですら、黙認していたほど。

 ただじゃれあうようにして過ごすだけの、それでも楽しい日々。
 公園で、湖で、執務室で、ロザリアの部屋で、二人はたくさんの思い出を作った。
 なにげなく触れた手を離せなくなったり、互いに小さな焼きもちを焼いて喧嘩をしたり。

 後々、二人でアルバムでも眺めながら懐かしく思い出すような『恋人になるまでの時間』。

 この時、二人の関係は正にそれだった。
 普通の少年として、少女として、下界にいたのであれば彼らは間違いなく平凡で幸せな恋人になっただろう。


 当然、二人はそうではなかった。









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