こうして、ロザリアは僕にとってなくてはならない人になった。
新しい宇宙のための女王試験があった。
違う宇宙から、侵略者が来たこともあった。
他にも、数え切れないくらいに事件が起こった。
それでも僕たちは何度だって、再会した。
どれだけ遠く離れても、互いの無事を信じていたし、気持ちを信じていた。
ロザリアが補佐官になってから、三年と少しが過ぎた。
今では、ロザリアの靴のヒールの高さを気にしないでいい程度には背が伸びた。
ルヴァ様が退任されて、新しい地の守護聖が誕生したから、一番年下でもなくなった。
ロザリアは二十一歳。
僕もかなり成長したつもりだけど、時々置いていかないでって言いたくなるくらいに大人の女性になった。
さすがにもう、そんなことは言えないけどね。
付き合い始めてしばらくは、僕がつまらないわがままばかり言ってロザリアを困らせることが多かった。
最初のうちは優しく宥めてくれてたけど、あまりにも僕が聞き分けなかったせいか、ロザリアのもともとの性格がそうだったのかはわからないけれど、注意になり、小言になり、最終的には取り付く島もないくらいに冷たい態度を取られるようになったことがあった。
あの時はすごく怖かったけど、ああしてくれなかったら僕はいつまでも甘えてばかりだったと思う。
でも、実は僕のためを思ってしてくれたわけじゃない気がしている。
本当に僕のことが鬱陶しくなってきてたんじゃないかって睨んでる。
女王補佐官という仕事の性質上、感情の起伏を見せないから人当たりが良いように見えるけど、本当は激しい人だ。陛下に献身的に尽くしているのは、ロザリア自身がそうしたいからに他ならない。
だから、僕もロザリアにとって『必要な人』で有り続けなければいけなかった。
そうでなくなったら、きっとロザリアはすぐに僕を切り捨ててしまうだろうから。
ちゃんと好きでいてもらえるように、僕なりに頑張った結果が今の関係だって思ってる。
ゼフェルから、「ロザリアと上手くやってんのか」って聞かれた時に、掻い摘んでそういうことを話した。
「自分で言うのは恥ずかしいけれど、僕たちとても仲良くやってるんだ」
「あーはいはい良かったな。ったくおめーもよくそんなこえー女と付き合ってんなー」
「とても素敵な女性だよ。羨ましいでしょ?」
「…全然。オレはもっと大雑把な奴と気楽にやっていけりゃいー」
根っからの女嫌いだったゼフェルも、少しずつ変わり始めている。
「あれ?少し前に一緒にいた女の子は?」
うっせー、と嫌な顔をしたところを見ると、上手くいかなかったのだろう。
「ゼフェル、もっと女の子には優しくしてあげなきゃ」
不器用なところは前のままだけど。
めまぐるしく変わりゆく状況の中でも、僕たちの手は離れなかった。
今でも僕たちは、毎朝二人でお花に水をあげている。
あと一ヶ月で、僕は十八歳になる。
やっと、初めて会った時のロザリアよりは年上になれる。
つまらないことかもしれないけれど、やっぱり嬉しい。
「誕生日プレゼントに欲しいものはありまして?」
なんでも来い、とばかりにロザリアは言ってくれた。
楽しそうに笑っているから、僕は心の中でこっそり思った。
なんだかんだ言って、ロザリアも記念日とかイベントが好きなんだよね。
「なんだっていいよ。ロザリアがくれるものならなんでも欲しいんだから」
ロザリアは絶句して、ため息を吐いた。
「マルセル…あなたのストレートさには未だに慣れませんわ」
あ、ちょっと赤くなってる。
「ふふ、慣れてくれなくてもいいよ。君が照れてるところってとてもかわいいんだもの」
「…嬉しいですけれど、ちょっと…恥ずかしいですわ」
「今は二人っきりなんだから、いいじゃない」
陛下が僕とロザリアのことを冷やかすようにからかってきたから、ロザリアの頬にキスをして見せた時のことを思い出しながら言ってみた。
烈火のごとく怒ったロザリアは、陛下が落ち着かせようと声をかけたのを無視して、悲しくなるようなことを僕に言ったんだ。ああ、また悲しくなってきた。
「マルセル?」
不思議そうに覗き込むロザリアは、それでもやっぱりかわいい。
強引に引き寄せて抱きしめると、キスをせがむように顔を上げた。
それに応えて優しく唇を触れ合わせると、ロザリアからも抱きついてきた。
「ね、ロザリア」
「はい?」
「僕、誕生日プレゼントはなんでもいいって言ったけど、もしできたら君が欲しいな」
「マルセル?」
「なに?」
僕から体を離したロザリアは、訝しげな顔をしている。
「オスカーね」
怒り出す前の顔になってるけど…なぜだろう?
わからないことは、とりあえず聞くしかない。
「…オスカー様がどうしたの?」
「そんな言い方をあなたに教えたのは、オスカーじゃなくて?」
なるほど。
って感心してる場合じゃないよ。このままじゃオスカー様に迷惑がかかってしまうじゃない。
「ロザリア、オスカー様じゃないよ」
「では、どなた?」
「…僕自身の気持ちだよ」
「え?」
その瞬間にロザリアが見せた表情は、僕にとってはすごく懐かしいものだった。
お母さんとかお姉さんが、何かの節目の時にこういう台詞を言いながらしていた顔。
『子どもだと思っていたら、マルセルもお兄ちゃんになったのねえ』
あんまりだよ、ロザリア。
今度こそ本格的に悲しくなったから、もう帰ろうと思ってロザリアを恐る恐る見たら、違う表情に変わっていた。
顔を真っ赤にして、返事に困っていて、でも決して嫌じゃないって顔。
「ごめん、困らせちゃった?」
「…謝らなくてもいいですわ。でも、もう少しだけ待って下さらない?」
「うん。待つよ。できたら、って言ったじゃない。だからいいんだ」
顔を赤くしたまま、ロザリアは笑った。
「ありがとう。でも、そう遠くないうちにと考えていますから」
その言葉だけでも、僕はとても嬉しいよ。
すっごく勇気を出して言ってくれたのがわかるから。
「ロザリア、大好きだよ」
「わたくしもですわ」
僕たちはもう一度キスをした。
とても長いキスだった。
ロザリアが時計を気にし始めたから、もう9時を過ぎているのだろう。
「送るね」
上着を取ろうと立ち上がった時に、眩暈がした。
体の力がどんどん抜けて、重力に抗いきれなくなる。
ストン、と椅子に落ちた。
「マルセル?どうしたの?」
声が出ない。
頭が重い。
「マルセル?マルセル!?」
大きな音を立てて、今度は頭がテーブルに落ちた。
目の端に、窓際に飾ってある鉢植えが映った。
それが蒼い色に隠されたから、ロザリアが近づいてきたことがわかった。
大丈夫だよって言いたいのに、できない。
ロザリアの震える手が僕の頭に触れると同時に、意識を失った。
低い話し声が聞こえる。
内容までは聞き取れないけれど、男性が長い話をしている。
「おかしいですわ!」
大きな声。ロザリアだ。
どうしてそんなに怒ってるの?
「なぜマルセルなの!?まだ十七歳なのよ!?」
もうすぐ十八になるってさっき話したばっかりなのになあ。
「十七歳でサクリアが消失した事例なんて、これまでなかったはずよ。ねえ…何かの間違いでしょう?」
サクリアがなくなったの?僕の?
ああ、だからこんなに体がだるいんだ。
それにしても、嫌な夢。
目覚めて最初に見たのは、白くて高い天井。
その次に目に入ったのは、僕が寝ているベッドのすぐ脇に腰掛けたまま、眠っているロザリア。
涙の跡が頬に残る彼女の顔と、失われたものによってもたらされた喪失感は、否定する僕を容易く捻じ伏せる。
白衣を着た男性が部屋に入ってきたと思ったら、急ぎ足で出て行ってしまった。
コツ、コツ、コツコツコツコツ………。
慌て過ぎて、転ばなければいいけど。
誰かを呼びに行ったんだろうな。ジュリアス様かな?
ルヴァ様にもっときちんと話を聞いておけばよかった。
「ロザリア…僕、どうしたらいい?」
口に出したら、涙が出てきた。
十五歳の誕生日に、これからは絶対に泣かないでおこうと誓ったんだけど、今は泣いてもいい時だと思った。
ロザリアが目を覚ますまで。
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