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「ゼフェル様は、きっと素敵な女性と恋に落ちますわ」
 突然言われて、ゼフェルは驚いた。
「なっ…!?いきなりなんてこと言うんだよ!」
 にこにこと微笑んでいるロザリアの考えが全くわからない。
「オレは、ずっとおめーを忘れねーからな!ったく、なんなんだよ…」
「嬉しいですわ。でも…ずっと、だなんてあるはずがございませんわ」
「そんなことわかってんだ!それでもオレは忘れねーって言ってんだよ!」

 思わず声を張り上げたが、矛盾していることは承知している。
 ロザリアの言うように、時を経ていつか違う女性と恋に落ちる時が来るのかもしれない。
 それでも、今この瞬間の想いに嘘はないのだ。
 …そんで、それが全てじゃねーのか?
「ずっとおめーが好きだった。これからだってそーに決まってんだ」
 ふてくされたように言うゼフェルに、ロザリアは少し頬を赤らめた。泣き笑いのような表情でゼフェルを見る。
「ゼフェル様、一つだけ我が儘を申し上げてもよろしいでしょうか?」
 ゼフェルの返答を待たずに続ける。
「木の曜日の夜、お休みになる前に、わたくしの名前を呼んでくださいませんでしょうか」
「…なんでだ?」
 少し恥ずかしそうにロザリアは頬を染めて、答える。
「ゼフェル様はお笑いになると思いますけれど…わたくし、毎晩ゼフェル様のことを想いますわ。ですから…」
 ロザリアの言葉を遮って疑問を口にする。
「なんでおめーは毎晩で、オレは木の曜日だけなんだよ」
「簡単なことですわ」
 得意気にロザリアは続ける。
「聖地は時間の流れが緩やかでしょう?ですからゼフェル様の一時間はわたくしにとっての…どれくらいになるのかしら?一日くらいになるのかしら。まあとにかく、下界の方が時間が経つのが速いですわね?」
「だから…なんなんだよ」
「ですから!ゼフェル様が週に一度でもわたくしのことを想ってくださったら、おそらくわたくしがゼフェル様のことを想っている時間と少しは重なるはずですわ」
「え…?あ、そっか!…ロザリア、おめー…」
 胸が温かくなって、息が詰まりそうになる。
 『少し』しか時間を重ねることはできなくとも、『少し』でも、時を共有できることが。
 なによりも、ロザリアの気持ちが言葉にできないほど嬉しかった。

「 ああ、夜が明けましたわね。そろそろ帰らなければ。きっと今日は…」
 独り言のようなロザリアの呟きに空を見上げると、すっかり早朝の顔に変わっている。
 もう時間は残されていない。あと数時間で、歴史が動く。

 何事かを考えていた様子のロザリアは、気を取り直したようにゼフェルにもう一度念を押した。
「とにかく、お約束下さいませ」
「いいけどよーオレだって毎晩…」
 なおもこだわるゼフェルに、なぜかロザリアはピシリと言い放った。
「結構です。とにかく木の曜日だけ、お願いしますわね?」
「いや、すげー嬉しーんだけどよ…そんで、約束は守るけどよ…ところどころわけわかんねーんだよな。なんで木の曜日なんだよ」
 しつこく繰り返すと、ロザリアは諦めたようにため息をついて早口で言った。
「火の曜日でも金の曜日でもかまいませんが、とにかく週に一度、そして平日だけにして下さいませ」
 そして、少し小さな声で付け加えた。
「毎日だなんて約束してしまったら、最初は良くてもそのうち義務のようにお感じになるかも知れません」
 反論しようと口を開きかけた。 …だが、何も言えなくなってしまった。
『それでも、オレは毎日ロザリアの名を呼ぶ』 と言ったら、彼女は喜ぶだろうか?

 …きっと違う。

 ゼフェルの考えを裏付けるように、恋人は言った。
「例えそうならなくとも、それを想像するだけで辛いのです。お願い…これ以上のことは約束しないで下さいませ」
 その瞬間、ロザリアの体はふわりと傾き、ゼフェルの胸の中に収まった。
「なっ何を…?」
「…ちょっとでいーから、黙ってろ」
 近寄せる為に握ったロザリアの手首を離せないまま、彼女の顔を見つめた。
 恋愛に免疫がなくても、この先なにをするべきかは分かった。
 彼女の温もりを覚えていたいから、顔を近づけて口づけた。
 顔が熱くなる。
 彼女の顔の熱さも唇から伝わってくる。
 うっすらと目を開けてみると、白く透明感のある肌が薄くピンク色に染まっている。
 眉を顰めているロザリアは、美しいというよりもかわいらしい。

 唇を離して、そのままの体勢で呟く。
「…れんげで良かったかもな」
 大きく笑ってみせると、ロザリアも笑ってくれた。









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