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「ったく、ロザリアの奴、迎えに来いなんて手紙よこしやがってめんどくせーったらねーぜ」
 ゼフェルは、青空に向かって呟いた。

 手紙を読んだ時、本当は嬉しかったのだ。
 あまり我が儘を言わないロザリアが、自分だけにそれを言ってくれることを内心誇らしくすら思っている。それでも、とにかく何か一言言わなければ気が済まない性分なのだ。

「ほう、青い瞳のお嬢ちゃんがそんな手紙をお前に寄越したのか」
 突然背後から声がして、ゼフェルは慌てて振り返る。
「オッサン!?てめー人の後ろに黙ってつったってんじゃねー!」
 ゼフェルの剣幕を意に介さず、炎の守護聖は挑発するように笑った。
「そんなに面倒なら、俺が代わりにお嬢ちゃんを迎えにいってやろうか?まあ、代わりとは言ってもお前とは違って、俺なら…お嬢ちゃんを朝まで独占してみせるがな」
「て、てめー…どういうつもりだ!!あいつに手ェ出すつもりか!?あいつはオレの…」
 女性の扱いに長けている炎の守護聖に穏やかではないことを言われ、思わず勢いづいたゼフェルだったが、言葉が続かない。
 あいつは、オレの…オレの?
 っつーか、オレはあいつにとってなんなんだ?
 …ただよく出かけたりするだけで、何もねー…んだよな。

 そうなのだ。
 最近よく一緒に出かけたりするだけの友達、なのだ。
 少し考え込んだゼフェルだったが、すぐに立ち直る。
 いいじゃねーか。オレはアイツといるとおもしれーんだから。だから、他の奴とはいさせたくねーんだよ。おもしれー時間が減っちまうからな。
『一緒にいる時間が減るから』
『他の奴とはいさせたくない』
 これこそ恋の初期症状というものだが、それを認めたくないゼフェルは無意識に理由を付けていた。
 そんなゼフェルの内心を見透かすように、赤い髪の青年はニヤニヤと笑っている。
「俺の?俺の、なんなんだ?」
 カッと頬が熱くなる。
「うっせー!とにかくてめー、あいつになんかしたら許さねーからな!」
 捨て台詞を吐いて、ゼフェルはその場から逃げた。

「許さない、か。まあ、人の恋路を邪魔するつもりはないが…あの繊細なお嬢ちゃんを壊しちまわないように気をつけろよ」

 オスカーは呟き、笑った。




 イライラしながら、ロザリアの住まう寮のドアを叩く。

「ゼフェル様、いらして下さったのですね」
 ドアが開いた途端、一瞬にして空気の色が変わったように感じた。
 ロザリアが笑いかけてくれただけで、つい数分前に起こった不愉快な出来事は忘れてしまった。

「迎えに来いなんて偉そうな手紙送りつけやがって。まあ、一応これ・・・やるよ」
 ロザリアの鼻先に、れんげの花束が突き出された。
「……!」
 暫しの静寂の後、ロザリアは思い出したように大声を上げた。
「ずるいですわ!ゼフェル様!!」
「あ!?」
 喜んでもらえるとは思っていても、なぜ責められているのかわからない。
 ゼフェルがキレる寸前に、ロザリアは小さな声で呟いた。

「……じゃありませんか」
 何を言われたのかは聞き取れなかったが、どうやら喜んでいる様子のロザリアを見ていると、胸騒ぎというにはこそばゆくて、どこか甘い感情が沸き起こる。

「な、何だよ?何て言ったんだ?」
 うろたえながらではあるが、当然の質問をしたゼフェルにロザリアは薔薇のように微笑んだ。
「…秘密ですわ」
 もう顔も赤くない。

 こいつにはやっぱり薔薇が良かったかもな。
 一瞬そんな思いが頭をよぎったが、やや遅れて薔薇をロザリアに贈った二人の守護聖の顔が浮かんだのでその考えを振り払った。

「本当にありがとうございます。少々お待ちいただけますか?」
 れんげを大切そうに花瓶に移しながら、ロザリアは口を動かしている。
 何かを話しているのだろうが、なんとなく見蕩れてしまう。
「なあ」
 唐突にゼフェルは口を開いた。
 話を途中で遮られたロザリアは、少し不満そうな顔をした。
「おめー何の花が一番好きなんだ?」
 ロザリアは、突然の質問に即答した。
「そうですわね。薔薇、でしょうか。…あらゼフェル様どうかなさいまして?」
 直後にロザリアは吹き出した。
「嘘ですわよ!以前はそうでしたけれど、今は違います。ですからそんなお顔をなさらないで下さいませ」
「オ、オレはそんな顔してねー!!」
 怒鳴ってみてもロザリアには全く効かない。
「ゼフェル様、『そんな顔』ってどんな顔ですの?」
 楽しそうに笑い続けている。

 こーいうところがムカツクけど、おもしれーってか、
 いや、他の奴に言われたらムカツクだけなんだけどよ…え?

 少年はやっと自覚する。

 ああ…オレはこいつのことを好きになっちまってたんだな。










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