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 それまでの彼女にとって、世界は単純だった。
 もちろん”ある一面では”という但し書きが必要だが。
 
 自分の成長のために、何が大切か。
 夢を叶えるために、何が必要か。

 人生の岐路に立つ時、常に正しい道を選んできた。

 だが、苦しかった。
 自分の才能を過信し(本人にも何の才能があるかはわかってはいないのだが)、他の誰が失敗しようと、自分だけはそうならないと考えている若者のように。
 もしくは、多くの人々が、死は誰の前でも平等だと知りながらも、自分が死ぬことが信じられないように。

 彼女は、全てが自分の手の中にある、もしくは望めばそうすることができると考えていた。
 漠然と、しかし強く信じていた。

 手に入らない物があると理性では理解していても、それが存在することが許せなかった。
 時折、自分の欲深さに辟易することもあったが、彼女の進むべき道がはっきりと見えていた分、今よりずっと分かりやすかったと言える。
 彼女以外の人間なら誰でも知っていたこと。
 全てを手に入れることは不可能であるという事実。
 それをようやく思い知った時に、彼女は一度壊れかけた。
 確固たる理由があって女王になりたいのではなかった。
 ただ、女王になるべきだと、なれるのだと、思いこんでいただけだった。

 それでも。

 その目に映る世界の全てが違った答えを出していたとしても、彼女は自分自身を信じていたのだ。





「オスカー」

 その男の名を口にすると、息苦しいほど胸が高鳴る。
 彼との抱擁、彼とのくちづけ、全てが心地よい胸騒ぎを起こす。
 
「恋人、に…なったのね」
 胸騒ぎが、甘い疼きに変わる。
 
 そして、思い出した。
 レイチェルの驚いた顔。
 重く、のしかかる。

「レイチェルは、わたくしのことをどう思ったかしら」
 甘い疼きは消え、もやもやしたものが胸に広がる。
「尻軽な女だと思ったかしら」
 そう思われてもしかたがない、と思う。
 しかし、同時に得体のしれない胸のもやもやが激しくなる。
 違う!違う、違う!
「でも、今わたくしが求めているものはそれなのですもの!」
 今…そう、今この瞬間に自分が欲しているものはわかる。
 だが、自分にとって一番大切なものが見えない。
 過去に自分を支えてくれていた手を思い出すと、たまらなくなる。

 驚いたレイチェルの顔が、あの人の顔に変わっていく。
 見開かれた赤い瞳が大きく歪んで、消える。

 救いの手を望む権利などないのに。
 自分だけに向けられる笑顔を見る事はできないのに。

 では、どうしてその手を離したの?
 自分に向けて問いかける。
「他に欲しいものができてしまったからですわ」
 ならば、その欲しいものを手に入れればいいじゃない。
「でも、不安ですの…わたくしにとって、その手よりも大切なものなどなかったから」
 欲しいものは、その手よりも大切になったのではないの?
「それは…違う。でも欲しくなってしまったのです」

 堂々巡りだ。

『ロザリアは結局どうしたいの?』
 親友が発した単純な質問に答えられなかった自分。
「わたくしはどんな未来を望んでいるのかしら…」
 わからない。
『自分の気持ちに正直になればいいと思うんだけどな』
 その通りだ。 だが、自分の気持ちがわからない時はどうしたらいいのだろう。
 答えが欲しい。

 考え疲れて目を閉じる。
 答えが出ないのであれば、考えても意味などないと割り切るように努めようとする。
 そう、今はただ、自分の欲望だけを見ていればいい。
 どこかに流れ着いた時、何か答えが出るかもしれない。

「望むべきものがわかった時、わたくしは何を思うのかしら…」

 そのまま、意識は遠のいていく。









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