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 天井が見えないほど高い大広間に、贅を凝らした華奢な玉座が一つ。
 それにゆったりと腰掛け、女王は口を開いた。

「急に呼びつけてしまってごめんなさいね」
 膝を着いたまま、騎士は応える。
「いえ、とんでもございません」
 その様子を見て、童話のお姫様のような衣装を身に纏った、幼さを顔に色濃く残した女王は、彼女に不似合いな仕草…何かを諦めたようなため息を一つ漏らした。

「今日はね、女王としてではなく、一人の少女の親友としてお話がしたいのだけど、いいかしら?」
「はい、陛下」
 アンジェリークは微動だにしないオスカーに顔を顰めたが、すぐに笑顔を浮かべた。 そして、どこからか椅子を引きずり出し、玉座の前に置いた。

「座って」
「しかし…」
 困惑顔のオスカーにもう一度言う。
「座りなさい」
「……はっ」
 渋々椅子に腰掛けようとしたが、オスカーには小さすぎた。
 それでも女王の命に従うべく少なからぬ努力をした結果、なんとか腰掛けることができた。
 
 子供用のブランコに大人が乗っているような姿勢のオスカーを気にする様子を全く見せず、アンジェリークは満足げに頷いた。
 ついでとばかりにもう一言。
「それとね、今だけは私のことをアンジェリークと呼んでくれないかしら?」
「陛下!そのようなことは…致しかねます」
 心底困り果てている様子の彼を見て、まあいいわと呟くと、女王は向き直った。
「私がこんなことまで聞くべきじゃないのかもしれないけど、許して頂戴ね」
 オスカーは、その言葉に苦笑を漏らした。
「大切な親友殿が気になるのですね?」
 単刀直入な物言いに女王は戸惑ったようだったが、すぐに口を開いた。
「ねえ、オスカー。貴方は彼女を幸せにすることができるのかしら?」
 男は眉をひゅっと上げ、愉快そうな表情を作った。
「失礼ながら申し上げますが、陛下は何か勘違いをされておられるのではありませんか?まるで、私と彼女が結婚を宣言したかのようにおっしゃる」
 にっこり微笑んだ形の良い唇から、棘を含んだ言葉がアンジェリークに投げつけられた。しかし、彼女は眉一つ動かない。
「あなたこそ勘違いをしているわ。私は、あなたと彼女が結婚するなどと思っているわけではありません」
 女王が言い切ると、彼は表情を変えた。
 一瞬苦しそうな目をしたように見えたが、それは彼女の思い過ごしかもしれない。
「それはそれで勘違いをしておられるのでは?このオスカー、ただの一度も遊びで女性と付き合ったことはございません。今はまだわからなくても、彼女と私が永久の愛を誓い合う日が来るかもしれないのですよ?」
 淡々と言う。
 女性を口説く時のような情熱も、相手を煙に巻く時のような軽薄さもなく、事実のみが書いてある新聞を読み上げるように。

「ごめんなさい、誤解されるような言い方をしてしまっていたようね。あなたが不誠実だと詰りたいのではありません。ましてや、結婚の話がしたいわけでもないのです」
 首を傾げ、張りつめた空気を破るために微笑んだ。
「でも、貴方の意外な顔を見ることができて嬉しいわ」
 目の前の男がつられて笑ってくれているのを確認して、とにかく、と仕切り直す。
 そして、愛らしいピンク色の唇から男を驚かせるに足る言葉を続けた。

「その時その時でいいのよ。彼女が幸せな気持ちにさえなってくれれば」
 まるで遊びでいいから、と言っているように思えてオスカーは混乱する。
「陛下、ですから私は遊びでなどと…」
「遊びとか本気とか、そんなに簡単に分けられるものなの?人に対する感情って」
 それが少し冷たい言い方だったことに気付きながら、女王は調子を変えずに続ける。
「ロザリアは今、とても混乱しているのよ。あの子はね、なんでも理屈で納めたがるから」
「…私には、そうは思えませんが」
 抱きしめた時やくちづけをした時に見せる、胸の高鳴りが苦しくて仕方ない、といった風情の彼女の姿を反芻しているうちに、至高の存在の言葉を否定する言葉がオスカーの口から零れた。
 少し気を悪くしている様子の女王に、申し訳ありません、と形だけではあるが詫びる。
「いえ、いいの。オスカーと私では感じ方が違うのでしょうね。あなたは恋人、ですものね」
 その言葉に嬉しげに笑って、オスカーは言った。
「先日、ようやく正式に返事をもらうことができました」
「そう、おめでとう」
 それが親友にとって良いことなのか悪いことなのかはわからないが、祝いの言葉に嘘はない。
 オスカーの強引さは、混濁した思考の渦から彼女を救い出すかもしれないとも思うから。

 会話が途切れて、静寂が二人を覆った。
 それを破ったのは、やはり女王だった。
「結局、何が言いたいのかわからなくなってしまったわ。時間を取らせてごめんなさいね」
 退出の命を受け、オスカーはそれに従った。

 扉を閉じた美貌の青年は、大袈裟な動作でため息をついてぼやいた。
「我が敬愛する女王陛下、その愛の一欠片を賜りたく存じますが…陛下をお守りする忠実な騎士たる私でありますのに、貴方の親友殿の前では塵に等しい存在なのでしょう?…残酷な方だ」

 そして何事もなかったかのように、その場を立ち去った。










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