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「ゼフェル、ちょっといいか?」
声がした方向に視線をやると、風の守護聖が扉にもたれてこちらを見ていた。
ボーっとした頭を軽く振り、目で入室を促した。
「お節介なのはよくわかってるんだけどさ、たまには外の空気を吸いにでもいかないか?執務室に籠もってばかりじゃ体に良くないと思うんだ」
…いつものコイツなら、こんな遠慮した言い方しねーのにな。気ィつかいやがって。
返事をしないゼフェルを前に、ランディは焦ったように続ける。
「俺さ、お前の気持ち、わかるつもりなんだ。もちろん、全てわかってるとかそんなんじゃなくて、少しは、だけどさ…」
「なあ」
椅子にもたれた体勢のまま、ランディを見て言った。
「好きな女が離れていっちまったら、どんな気分になると思う?」
話しぶりから彼に失恋の経験があることはわかるが、オブラードにくるんで質問した。
ランディは一瞬戸惑ったあと、神妙な顔になった。
きっと、何かを思い出しているのだろう。
なんでも真剣に考えるってとこ、うっとーしかったけど今はなんかありがたいよーに思えるぜ。
「離れたくないって、きっと悪あがきすると思う。それがどれだけ格好悪いことでも。…実はさ、かなり前のことなんだけど、ふられたことがあるんだ」
ゼフェルが苦笑していることに気づかず、ランディは続ける。
「すごく悲しかったよ。もう二人で一緒に歩いていけないって思ったらさ。何より、それまでの約束が嘘に変わってしまったことが…寂しかったな」
…嘘?嘘ってのはどういう意味だ?
「あ、決して彼女に嘘をつかれたって思ったわけじゃないんだ。実際嘘なんてつかれたことなかったし。でも、うーん上手く説明できないけどさ…まあ、俺はすごく辛かったよ。だけど何も言えなかったんだ」
身を少しだけ起こして質問する。
「なんで何も言えなかったんだ?おめーはまだ好きだったんだよな?」
オレも、何も言えなかった。
なんでだろうな、とランディは呟いた。
「だからさ、ものすごく後悔したんだ。なんでもっと食い下がらなかったんだろうって。何をやったって彼女の心は変わらなかっただろうけどさ、それでも…」
言葉が途切れた瞬間にだけ悲しげな目をしたが、すぐに笑顔を見せる。
「ハハ、よくわからなくなってきたよ。少し話しすぎたみたいだな。とにかく、たまには散歩でもなんでもしろよ!朝にジョギングしろとは言わないけどな」
「ああ、ありがとな」
素直なゼフェルの言葉にランディが驚いていると、ゼフェルはニヤリと笑って続けた。
「おめーが使い慣れねえ脳みそつかってこんだけ色々話してくれたんだからな。オレもちっとは外に出てやるよ。じゃあな」
「本当にお前は一言多いな、ゼフェル」
呆れた、しかし少し安心したような顔でランディは呟いた。
「アレ?」
女王候補レイチェルは意外な場面を見て立ち止まった。
燃えるように赤い髪を持つ長身の青年と、青い瞳を持つ美しい女性が湖の畔に立っている。
「お似合いのカップルってあんまりいないのヨネ。やっぱりロザリア様ってゼフェル様より絶対オスカー様の方が似合ってると思うんだけどナ」
ざーんねんっ、と無責任に呟いた彼女は直後に目を見開いた。
ロザリアを見つめていたオスカーが、彼女にゆっくりと近づいていき、抱きしめた。
「ええーーーー!?」
レイチェルの大声に驚いたロザリアは、オスカーから離れようと腕を伸ばしたが、オスカーは不敵に笑ってロザリアを抱きしめたまま離そうとしない。
それどころか、呆然としているレイチェルに向かって手を振ってみせた。
「ゴ、ゴメンナサイっ!」
思わず一礼をしたレイチェルは、すぐにその場から離れた。
ナニ!?何でっ!?ロザリア様はゼフェル様とお付き合いしてるんじゃないのっ!?
必要以上に胸がドキドキして顔が熱くなる。
…ベツにワタシには関係ないことなのに、どうしてこんなに動揺しちゃってるんダロ。
「もしかしてワタシ、オスカー様のこと好きだったとか?」
声に出してみたが、絶対それはない!と断言できる。
確かにオスカー様はカッコよくて、乙女心を心地よく刺激する程度にキザで、素敵な男性だけどときめかないのよネ。
「あっ!じゃあ、ゼフェル様のこと好きだったとか?」
…なんだか、それも違う気がする。
こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、かわいいところもあるし、時々すごく男っぽさを感じるけど、ワタシには合わないだろーし。
「まさか…ロザリア様のことが…!?」
って!確かにワタシと二人並んだら絵になるけど!
才色兼備って感じだけど!ワタシってバカ?そんなわけないじゃん!!
っていうか、ワタシがバカなわけないじゃん!!
…ツッコミ入れてるバアイじゃないよね。
考えを巡らせながら歩いていると、いつの間にか公園に来ていた。
ベンチに腰掛けて、一息つく。
誇り高くて完璧な女性のロザリア様なのに、ゼフェル様といるときは怒ったり照れたりして、なんだかかわいらしいんだよネ。
子供みたいに我が儘で怒りっぽいゼフェル様なのに、ロザリア様を見ているときはすごく優しい目をするんだよネ。
オスカー様とロザリア様はお似合いだけど、個人的には寂しいような気がする。
「あのお二人って見てるだけでも、なんだか幸せな気持ちになれたのにナ…」
そう、そうなんだ。
「あ〜あ。本当はワタシ、ロザリア様とゼフェル様の二人が仲良くしてるの見るの好きだったんだよね…」
「あーっ!レイチェル!こんなところで何してるの!?」
突然、かわいらしい声が頭の上から落ちてきた。
「マルセル様!」
緑の守護聖がにっこり笑って目の前に立っていた。
「散歩の途中なんです。マルセル様は?」
そう問い返すとマルセルは少し悲しそうな顔をして、レイチェルの横に腰を下ろした。
「うん…ゼフェルの館に遊びに行ってたんだけどね」
レイチェルの心臓は飛び跳ねた。
「そっ、そーなんですか」
うん、と頷いて話し始める。
「まあ、ロザリアと別れちゃったから仕方ないんだろうけど、なんだか考え込んでばかりで…心配なんだ」
マルセルは、レイチェルも二人の破局を知っていると思っているようだ。
…ああ、別れてしまってたんだ。
「どうしてお二人は別れちゃったんですか?」
立ち入るべきではないと思いながらも、ついつい口から出てしまう。
「なんでだろうね。僕にはあんまり恋愛のことってまだよくわからないけど、ずっと仲良しだったのに…。ロザリアのこと聞くと少し寂しそうに笑ってね、こう言うんだ。『もうアイツのことを一番知ってるのは、オレじゃねーんだ』って。何も言えなくなっちゃった。…レイチェル!?」
「えっ…はい」
「…そんなにショックだったの?」
すみれ色の瞳が、心配そうにこちらを見ている。
「スミマセン、なんだか悲しくなってきちゃって。自分のことじゃないのに考えるのが辛いのっておかしいですよネ?もうそろそろ寮に戻りますネ!じゃっ失礼しまーす!」
「レイチェル!送っていくよ…ってもう行っちゃった。なんとなく、もっとレイチェルと話してたかったんだけどな」
最年少の守護聖は、少し残念そうに呟いて歩き出した。
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