13
「どうしてこんなことになっちゃったの?」
女王は何度も問いただすが、補佐官は沈黙している。
「ねえ、ロザリア。私にも話してくれないの?」
微動だにしない補佐官に痺れを切らして、アンジェリークは彼女の肩を掴んで揺らした。
「あなたの気持ちを知りたいの。言いたくないことだってあるって、頭では解ってる。でもね、あなた達見ていられないの。補佐官と守護聖の関係がおかしなものになっているのに、女王として何もしないわけにはいかないのよ」
女王という言葉に、ロザリアは反応した。
彼女の責任感に訴えて話を聞き出そうとするのは、褒められたことではないだろう。
しかし、それでもアンジェリークは止めることができない。
「周りの者も何があったのかって詮索しているわ。あなたの良くない噂も流れてるのよ?許してていいの?」
女王補佐官と炎の守護聖、そして鋼の守護聖の様子がおかしいことは誰の目から見ても明らかだった。
三名が揃わざるを得ない公式の場において、鋼の守護聖は補佐官ばかりを凝視している。補佐官は常に前方のみを(資料を読み上げる時ですら視線を全く動かさない)ただ見ている。炎の守護聖に至っては、ポーカーフェイスを保ってはいるが、健康を損なっているのが見て取れる顔色で俯いている。
「申し訳ございません。わたくしが全て悪いのです。そして噂は全て、真実ですわ。ですから致し方のないことなのです。浅ましい考えに取り付かれて、お二人を傷付けてしまいました。わたくしには女王補佐官たる資格などありません」
取ってつけたような言い方に、頭に血が昇った。
「やだっ!どうしてそんな言い方するの!?今は二人だけなんだから敬語なんて使わないでよ!」
自分自身が『女王』という立場を嵩に着て発言したことを忘れてはいなかったが、ひどく悲しい気持ちになる。
「…ごめんなさいね、アンジェリーク」
ロザリアが頭を垂れる。
「やめてよロザリア…私こそ怒鳴っちゃってごめんね」
決まりが悪くなって横を向きながら、それでもアンジェリークも謝った。
「いえ、いいの。わたくしは…本当に最低ね。守護聖達、周囲の者、そして女王陛下であるあなた。全ての人に謝っても謝りきれないくらいの罪を犯したわ」
項垂れるロザリアをこれ以上追いつめたくはないが、聞いておかなければならないとも思う。
女王としても。 何よりも親友としても。
「噂がどんなものか、本当に知っているの?ロザリアがオスカーとゼフェル、両方と同時に…ええと…肉体関係を結んだ上に捨てたって…そう言われてるのよ?まあ、一部の人間が騒ぎ立ててるだけで、全ての者がそう思ってるわけじゃないけど」
付け足した後半部分は、気休めではなく事実である。
いつの時代も噂…殊にどぎついゴシップ的なものが大好物な者はいる。
しかし、ロザリアを実際に見知っている者のほとんどは、その噂を頭から信じてはいなかった。
「確かに細かい部分は違うわ。けれど、ほぼ正しいの」
ロザリアは話し始めた。そして、アンジェリークはようやくその全貌を知ることができた。
別れを告げた際にオスカーが取った行動についてまでは知り得なかったが。
「それじゃ、噂と全く違うじゃないの!」
話を聞き終わって息巻くアンジェリークだったが、ロザリアはなおも俯いたまま顔を上げようとしない。
「でも、精神的には同じだわ。わたくしは裏切ったのです。それだけでも罪深いことなのに、わたくしは女王補佐官だったのです。生半可な心構えでは勤め上げることはできないと、わたくし、わかっていたつもりでしたの」
静かな部屋に、声だけが響く。
「でも、わたくしは…わたくしは…何もわかっていませんでしたわ。ただの愚かしい小娘。いえそれより質が悪いですわね。聖地まで騒がせて…アンジェリーク、本当にごめんなさい」
舌の根も乾かぬうちに、アンジェリークの口から大声が出た。
「バカっ!ロザリアはバカよ!そんなのねえ、誰にでもあることじゃない!!簡単に言えばこういうことでしょ?」
息継ぎをする。
「彼氏がいるけど他に気になる人ができたから別れた。いざエッチしようと思ったけどやっぱり怖くなった。色々考えてるうちにやっぱり元彼が好きだって気づいた。だから新しい彼氏を振った…そうでしょ?」
「え…ええと…少し違うのだけれど…ああ、でもまあ…そういうことになるのかもしれないわね。客観的に見たら」
アンジェリークは満足げに頷いて続けた。
「そんなの大したことじゃないわよ!噂とは全然違うわ。まさかそんなことで『補佐官を辞めたい』とか言い出す気じゃないでしょうね?」
「え、ええ。そう簡単に辞めることなどできないとは考えていましてよ?しかるべき後任者を見つけ、育てるまでは僭越ながら務めさせていただこうと…」
ロザリアの返事に、アンジェリークは頭を抱えた。
「もう!やっぱり辞める気だったんじゃない!そんなこと私が許さないんだから!」
「確かに普通の女性なら大したことはないかもしれないけれど…でもわたくしは聖地の安定を預かる補佐官ですわ。そのわたくしが聖地を騒がせたとなると、やはりそれは…」
「だからあ〜!ロザリアは特別に考えすぎなの!あのね、補佐官じゃなくても、守護聖じゃなくても、誰でも恋をするのよ?」
「当たり前じゃない。何言ってるのよ」
我知らず失礼な発言をしたロザリアを気にせずに、アンジェリークは大まじめに続けた。
「ねえロザリア。自分達だけが特別じゃないの。当人達が大恋愛をしていても、はたから見てる分には取るに足らないよくいる恋人同士にしか過ぎないの」
「……」
黙り込んだロザリアに、さらに畳みかける。
「どんな生活をしていても、恋愛というのは周囲に変化をもたらすわ。違うように見えるけれど、ロザリアのもそれと同じなのよ」
「でもね、アンジェリーク。あなたも言ったじゃない。補佐官と守護聖の関係が悪くなっているのは見過ごせないって」
反撃を受けて一瞬詰まった女王だったが、とにかく口を動かし続ける。
「それは!…そうよ!例えばね、レストランの店長が、店員同士の仲が悪くなっているのを見過ごせないのと同じなのよ!」
「…アンジェリーク」
「な、なによ…何か変なこと言った?」
自棄になって胸を張ったアンジェリークを見て、ロザリアは微笑んだ。
「変と言えば全部変よ。けれど、変ではないと言えば全く変ではないわね」
「でしょ?だからね。もういいじゃない。ゼフェルが好きなんでしょ?」
「何がもういいのよ?」
「戻っちゃいなさいよ。ゼフェルのところに。ゼフェルだって…きっとロザリアのこと、今も好きよ?」
心の中でオスカーに謝りながら、アンジェリークは言った。
「ありがとう。でもそれはできませんわ。わたくしは決めたのですから」
「…決めたことなんて、何度だってやり直せばいいじゃないの。最初に決めたことを必ず守らなくてはならなかったとしたら、宇宙中が不幸な人々でいっぱいになっちゃうんだから」
「それもそうね。ですけれど…とにかくそれはできませんわ」
ロザリアは大きく笑顔を作った。
「とにかく!わたくし、前だけを見て進んでいきますわ。失ってしまった信頼を少しでも取り返す為に、精一杯働きますわ!」
空元気でも、笑顔を見せてくれるようになっただけでも今は良しとしなければならないのだろう。
ゼフェルとオスカー、そしてロザリアの気持ちを思うとやはり悲しくてならないけれど…それでも。
「うん!これからも、ずっとがんばっていこうね!二人で」
アンジェリークもまた、笑顔を作ってみせた。
少しでもロザリアを安心させるために。
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