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 洞窟の入り口に立った二人は、顔を見合わせた。

「泉っつーから森の中にでもあるのかと思ってたけど、この中かよ」
 ロザリアと一緒に来ることになるとは想像もしていなかったので、泉については場所以外の知識はない。少しくらいは調べておけばよかったと後悔した。
「なんか、気軽に観光って感じじゃねーけど、どーする?」
「せっかくここまで来たのだから、入ってみましょう」
 洞窟の中はひんやりとしていて、暑さで火照った体に心地よかった。奥には、下へと伸びる階段が見える。
「ちょっと面白そーだけど、かなり深いかもしれねーな」
「スニーカーをお借りしていて、本当に良かったですわ。鍾乳洞になっているみたいですわね。さあ、行きましょう」
  内心の高揚を隠さないロザリアの様子は、ゼフェルの胸を懐かしさで満たす。

 彼女は意外と好奇心旺盛で、そんなところも好きだった。



  長い階段は、唐突に終わった。最後の段だけがやけに高いまま放置されていて、後は適当に飛んでくれと言わんばかりだ。
「これまでの階段の三つ分ほどの高さはあるわ。どうして最後まできちんと作ってくれなかったのかしら」
 先に飛び降りたゼフェルを見下ろしながら、怒ったように言う。
「相変わらずどんくせーな。ほら、掴まれよ」
 何気なさを装って手を差し出すと、ロザリアは口ごもった。文句を言うべきか、礼を言うべきかを思案しているようだったが、選択されたのは沈黙で、華奢な手がゼフェルの手を掴んだのは一瞬だった。

 道なりに進んでいくと、明るく開けた場所に出た。中央にぽっかりと大きな穴が開いていて、周りに手すりがついている。
「ゼフェル、すごいですわ!」
  一足早く穴を覗き込んだロザリアが、感嘆の声を上げた。興奮したように手すりをぎゅっと握りながら、もう片方の手を下に向けて指を差している。その指の先から十メートルほど下に、泉はあった。

「泉っつーより、地底湖って感じだな」
 泉は、想像していたよりも大きかった。植物が泉を囲うように群生し、水面は光を受けて静かに輝いている。幻想的で、静謐さを感じさせる光景だった。

 逸る思いを抑えながら、壁に沿って螺旋を描いているスロープを下っていく。
「おい、あぶねーからゆっくり行けよ」
「そういうゼフェルだって、早足になっていますわよ」
 ようやく泉の前にたどり着いた頃には、二人の息は上がっていた。

 
 見上げると、丸くくり抜かれたような青空と太陽があった。
「明るいと思ったら、上が空いてるんだな」
 大きな井戸のような形の泉だった。
 淡い緑色の透明な水面に、幾本もの木の根が垂れ下がっている。
「奇跡の泉と呼ばれるわけですわね」
 そう呟いて、泉に見とれているロザリアに声をかける。
「そこの石にでも座ろうぜ。シートじゃねーけど、下に敷けるもんはあるからよ」
「準備がいいのね。ありがとう、助かりますわ」
 
 並んで座る彼女の横顔を眺めていると、どうしてもこれまでの出来事 −彼女が女王候補であった頃や恋人として過ごした日々、そしてその後の長い時間が思い出された。
 休暇に入ってからは何度か過去を振り返る機会があったが、今そうしている自分の傍にロザリア本人がいることが不思議に思えてしかたがなかった。
 場所も時系列も、何もかもが曖昧にぼやけていく。

「ゼフェル、少し長い話になるけれど、聞いてくれるかしら」
 ロザリアの声が、頭の中に立ち込めていた霧を晴らした。
「おう、何時間でもいーぜ。とにかく毎日暇だから遠慮すんなよ」
「ありがとう。最近、あなたをとても大人に感じますわ。…あのね、時々アンジェリークと退任した後の話をすることがあるのよ」
 ふふ、と楽しそうに笑う。
「アンジェリークは、絶対に素敵な男性と大恋愛するんだって本当にはりきっているわ。自然な出会いをするにはどうすればいいのか、新婚生活をおくるのに適した星はどこか、そういったことを考えて、いろいろと調べたりもしているのよ」
 その様子が簡単に想像できて、ゼフェルも思わず笑った。
「陛下らしーな。つーか、あのポジティブさはすごいよな」
 現女王の在位期間は、歴代と比較してもかなりの長さになっている。その日はそう遠くないうちに来るだろうし、それは自分も同じだ。
「自分はそれでいいとして、問題はわたくしだって言うのよ」
「おめーら、一緒にいくんだろ?」
「ええ、そのつもりよ」
「…じゃあ、何が心配なんだ?」
「それがね、例えばお相手の方はせめて最初のうちだけでも二人きりで暮らしたいって言うかもしれない。お相手の方が良くても、ご家族がいろいろとうるさいかもしれない。もし一緒に暮らせないとなると、わたくしが寂しいんじゃないかって。少し過保護じゃないかって思うのだけど」
「やけに具体的だな」
「もちろんですわ。アンジェリークは真剣ですもの」
「そっか。そりゃそーだよな」
 彼女たちとの別離は、近いうちに現実のものとなる。
「でもよ、おめーにだって」
 誰かいいやつが現れるかもしれない。そう言おうとしたが、拒否するかのように口が自然と閉じた。
「いや、誰かと一緒じゃないと幸せになれないってこともねーしよ」
 誤魔化すために適当に言うと、ロザリアは頷いた。
「そうなんですのよ。わたくしもそう言いましたの。でも」
 そこまで言って、ロザリアは困ったように口をつぐんだ。

 それからしばらくの間、彼女は言葉を発さなかった。
 ゼフェルは、木の根から水が滴り落ちる音を聞きながら待った。
 そのうちに、彼女が微かに頷くのを見た。ロザリアが再び口を開いたのは、それからすぐだった。
「アンジェリークに言われたの。"ねえ、ロザリア知ってた?外の世界にはたくさんの男の人がいるのよ?"って」
「なんだよそれ」
「わたくしも全く同じように返しましたわ。なによそれって。わたくしがいつまでも変わらないから、もしかして知らないんじゃないかって思ったんですって」
 ロザリアは納得しているようだが、ゼフェルにはよくわからなかった。
「そんな話をしてすぐの頃に、あなたから絵葉書が届いたわ。本当に嬉しかった。返事を出してからはとても不安だったけれど、手紙を返してくれた。それで、いてもたってもいられなくなってここに来ましたの。特に急ぎでもない、来月までならいつでもよかった仕事を口実に、あなたがいるこの星に来ましたの。あなたに会うために」
「オレに?」
「本当に、わたくしは何も変わっていない。大人になったあなたに、すっかり置いていかれてしまったわ」
 感情の昂りを抑えようとしてか、ロザリアは大きく息を吐いた。
「ごめんなさい、胸がいっぱいでうまく話せない。でも、わたくしはもう変わりたいの。今言わないと、わたくしは」
 苦しそうに胸に手をあてて、しかし彼女ははっきりと言った。

「わたくしは、あなたに片思いをしています。女王候補の頃からずっと」







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