第一印象は良くなかった。 貴族然とした振る舞いと自信たっぷりな態度は、当時苦手だった首座の守護聖に似ていた。こういった出会いでさえなければ、口を利くこともない人種だと思った。 なるべく関わらないようにしていたが、しかたなく接するうちにそう嫌な人間でもないことがわかってきた。 はっきりした性格は一緒にいても気楽だったし、意外なことにわりと話も合った。 もう一人の候補だった現女王に冷たくあたっているように見えて、あれこれ世話を焼いていることに気づく頃には、友人と呼べる間柄になっていた。 一度だけ、ロザリアの前で泣いたことがある。 気遣わしげで、でもどこか祈るような表情は初めて見るもので、それに気づいたことで少し冷静になった。 それから少しして、ようやく手を取られていることに気づいた。 その手は冷たくて、優しかった。 女王試験が終わって、彼女は補佐官になった。 つきあってほしいと伝えた時、すぐに頷いてくれた。 この時のことはよく覚えているが、思い返すといてもたってもいられなくなる。 「わたくしは、あなたに片思いをしています。女王候補の頃からずっと」 勘違いや聞き間違いのしようがない、明瞭な発音だったが、ゼフェルはすぐには理解できなかった。 候補時代から片思い? ロザリアとはつきあっていたはずだ。 ここはどこで、今はいつなんだろう。 いや、片思いをしている?ずっと? ――――――― 今も? 「今も?」 浮かんだ疑問は、そのまま口からこぼれ出た。 「ええ、今も。驚いたでしょう?あなたをいつまでも忘れようとしない。他の男性にも目を向けない。とにかく何も変わろうとしない」 少し間をおいて、ロザリアはオレに顔を向けた。 「こんな話をされて、不愉快ではないかしら?」 「そんなことねーから続けてくれよ。でも、おめーは、さっき変わりたいって言ったよな?」 それだけ言うのが精いっぱいだったが、ロザリアは安心したように微笑んだ。 「ありがとう。そうね、退任後の話をアンジェリークとするようになってから、あなたに何も伝えずに終わってしまっていいのかと考えるようになったの」 ロザリアとの思い出は、使い古した毛布のようなものだ。 普段は奥にしまいこんでいて、忘れている時間の方が長い。それでも時折引っ張り出しては広げてみたり、眺めたり、くるまって眠ったりする。 それなのに、どうしても手放せなかった。 「今さらだけれど、本当にごめんなさい」 「なんで謝るんだよ」 「きちんと謝りたかったの。お付き合いしている時も、そうでなくなった時も、あなたを傷つけたわ」 「いや、おめーの方が辛かっただろ。オレは子どもでバカだった。愛想つかされて当然だと思うぜ」 「いえ、あなたはわたくしをまっすぐ見ていてくれた。わたくし、そのことに気づくのが遅かったの。バカなのはわたくしの方」 言い切った強い口調とは裏腹に、泣き出しそうな笑顔を見せた。 「ゼフェル、本当にありがとう」 そう言うと、ロザリアはすぐに立ち上がった。 「そろそろ行きましょうか」 「もういいのかよ」 ロザリアは頷いた。 その晴れやかな表情で、彼女が返事など求めていないことを知る。 「わたくし、今日のことをずっと忘れませんわ」 洞窟の中に長く居過ぎたせいか、肌寒くなってきた。 温かい飲み物でも飲みたい気分だ。ロザリアもきっとそうだろう。 「なあ、オレがどれだけ驚いてるか、わかんねーだろ。おめーがずっとオレのこと考えてたなんて、想像もしてなかったぜ」 話が続くと思っていなかったのだろう。ロザリアは、戸惑った表情を浮かべた。 「おめーはすげー勇気を出してオレに会いに来てくれて、自分の気持ちに決着をつけたんだろ?でもオレは逆なんだよ」 「逆?」 「いや、逆っつーか、オレの中にもおめーがいて、いつもってわけじゃねーけど、それが結構苦しい時もあって、いつか消えてほしい、消さなくちゃいけねーって思ってた。でも、おめーは退任した後も、オレへの気持ちを大事に抱えて生きていくつもりなんだよな?」 「改めて確認されるとは思いませんでしたけど、そうですわ。その、わたくしがいたというのは」 捨てなくていいのか? 捨てなくていいのなら。 「じゃあ、オレといればいいんじゃねーか?」 ―――――こんなにきれいに終わらせてたまるか。 帰りのバスにはすぐに乗ることができた。 車内は空いていたので、二人掛けの席に向かった。 「景色見てーだろ?窓際座れよ」 まだ狐につままれたような顔をしているロザリアを座らせてから、隣に座った。 back novel top |