3
夜の公園に、若い男女が向かい合って立っている。
彼らは恋人同士でもなければ、友達と呼べるような間柄ですらない。
ただいがみあっているだけだった。
……これまでは。
ゼフェルは、返事を待っていた。
本音が聞きたかったからこそ、今まで感じていた疑問をぶつけたのだ。
数分の後、少女はようやく重い口を開いた。
「そう…ですわね。あまりにもゼフェル様の態度がひどいので、なんとなく対抗しているのですわ。ふふ、子どもみたいですわね」
ロザリアらしくない台詞だと思った。
自分を嫌いであることを、否定しなかった。
普段の彼女ならあの能面のような顔でこう言うだろう。
『嫌いだなんて、とんでもございません。わたくしは、ゼフェル様を尊敬しておりますわ』
ゼフェルは少し戸惑ったが、 新たな疑問をぶつけた。
「でもよ、おめー、対抗ってのおかしくねーか?
フツー対抗っつったらよ、怒鳴り返したり嫌味言ったりとかになるんじゃねー?」
少し答えにくい質問だったようで、ロザリアは気まずそうな顔になった。
「…わたくしが態度を崩さないことに対して、お腹立ちになられませんでしたか?」
ゼフェルはようやく理解した。
あれが、彼女なりの嫌味だったのだ。
『あなたが怒ってらっしゃっても気にいたしませんわ』と言わんばかりの態度。
そして、それは実に効果的だった。
理解すると同時に、また腹が立ってきた。
見事に手玉に取られていたのだから。
「でも」
正面を向いた彼女は美しかった。
類い稀なる美貌の所有者であることを再認識させられる。
「…でも、やはり辛うございましたわ」
わからない。
最初に嫌いだと言ったのは(直接自分に言ってはいないが、アンジェリークに言っていたではないか)、ロザリアだ。
それに、自分に嫌われていることは、仕方がないと思っているような口振りだったではないか。
…つい先ほどまでは。
ロザリアの素直さに、ゼフェルも釣られた。
「おめー、嫌いな男のタイプってどんなんだ?」
ロザリアの表情が変わった。俯いたが、すぐに顔を上げた。
今度は、少し怒っているようだ。
「乱暴で、品のない方…でしたわ」憮然として言い放つ。
「それ、オレのことだろ?」
得意げに、ゼフェルは言った。
言い訳できるものなら言い訳してみろ、といったところだ。
「そうですわ。申し訳ありません。…アンジェリークですわね。本当にあの子ったら」
そのまま認められてしまった。
「じゃあ、なんなんだよ!わけわかんねーよおめー。すっげーむかつく」
「ええ。ですから、申し訳ありません、と」
微笑みながら謝られて、ゼフェルは言葉をなくした。
「でも、今は違いますのよ? …ああ、なんだか言いたいことを言ったら吹っ切れてしまって。もしよろしければ、ゼフェル様も言いたいことを言って吹っ切って下さいな。こんなにお話をしたのは初めてですし、良い機会ですものね。わたくし、なんだか気分が良くなってまいりましたわ」
―――駄目だ。…わけわかんな過ぎて、どーでも良くなってきちまった。
「なんかおめーって、高慢ちきって言うより、図太いのな。女はつえーって言うけど、すげーぜ」
「…心外ですわね。繊細だと自分では考えているのですけれど」
本気で言っている様子のロザリアを見て、ゼフェルは笑った。
「よく言うぜ…でもよ、一つだけ聞いていいか?」
「泣いていた理由、でしょうか?」
「言いたくねーなら、別に言わなくてもいーんだけどよ」
しばらく沈黙してから、ロザリアは口を開いた。
「守護聖様方の妨害ですわ」
「…え?」
「アンジェリークが頼まなくても、アンジェリークをお好きな守護聖様方はフェリシアから力を引き上げますでしょう?その時、人が何人も亡くなりますわ。守護聖様方を、とても恐ろしく感じます」
予想もしなかった答えだった。
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