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 その夜、ゼフェルはなかなか寝付けなかった。

 嫌いな相手から嫌われても、構わない。互いに嫌い合えば、顔を合わせる機会が減るのだから、むしろありがたいくらいだ。

 だが、嫌いな相手に全く自分の気持ちを悟らせないところが気に食わなかった。
 ロザリアがゼフェルに対して本当の気持ちを隠しているのは、ゼフェルが守護聖だからだろう。
 しかしゼフェルとて、よほどの事がない限りは、女王候補に対して『嫌いだからサクリアを送らない』などと言うほど子どもではない。

 同じ年代…緩慢な聖地の時の流れを生きる自分の方が年上だと考えてもいいだろう。
 そんな少女が、負の感情を当の相手に微塵も感じさせないような芸当をこなしてしまうことに頭に来ていた。
 プライドが高く、感情をすぐに表に出しそうだという第一印象がゼフェルの目を曇らせたのかも知れないが、それにしても癪に触った。
 そして、なんとなく裏切られたような気がしたのだ。
 根性があるだなんて認めていた自分にも腹が立ち、そのことを忘れたいと思った。


 ゼフェルはロザリアに対して、さらに辛く当たるようになった。
 見かねたルヴァがそれとなく注意しても、無駄だった。
 それでもロザリアは、鋼の力が育成に必要な時は執務室に訪れ、丁寧にお辞儀をして出ていくのだ。
 ゼフェルはその全てが演技であることに、ようやく気づいた。

 以前から、ずっとそうだったことにも。







 半年ほどが過ぎ、女王試験も中盤に差し掛かった。
 試験が開始された当初はただ単に女王候補としか見ていなかった守護聖たちもそれぞれの魅力に気づき始め、アンジェリーク派とロザリア派に分かれるようになっていた。
 中には、どちらとも同じ距離を保っている者もいたが。

 アンジェリークを支持する者たちと、ロザリアを支持する者たちには決定的な違いがあった。
 アンジェリーク側の者のほとんどは、彼女にひどく肩入れをしていた。
 言うなれば、アンジェリークに激しく恋焦がれているように見える者ばかりなのだ。
 反対に、ロザリア側の者は冷静に見えた。
 淡い恋心を持つ者くらいはいたかも知れないが、あくまでも女王候補として見ているようだった。

 ゼフェルは、当然アンジェリーク側だった。
 アンジェリークは裏表がなく、明るい。よく泣くけれども、すぐに立ち直る。
 そういうところを、好ましく思っていた。
 それは、恋愛感情と呼べるほどのものではなかった。
 アンジェリークを応援する仲間達の見せる露骨な態度に、少々辟易していたせいもあるだろう。
 それがなければ、ゼフェルは自然にアンジェリークに恋をしていたかも知れない。
 しかし、とりあえず今は恋の鞘当てに参加する気にはなれなかったのだ。
 




 土の曜日の夜、ゼフェルは珍しく、公園に散歩に出ていた。
 気分良く公園を一回りした時に、人影を見つけた。
 青く長い髪が揺れている。……ロザリアだ。

 ―――せっかくのいい気分が台無しじゃねーか。
 ゼフェルは、心の中で毒づいた。
 すぐにその場から離れようとしたが、 ロザリアの肩が揺れていることに気づいた。

 ―――まさか、泣いてやがるのか?
 
 目を擦って何度も確認したが、間違いない。
 ロザリアは、泣いている。

 あまりにも意外な光景に驚いたが、慰めようとは思わなかった。
 第一、互いに嫌い合っているのだ。
 そんなことをしても、どちらも不愉快な思いをすることが容易に想像できたからである。
 混乱しながらも踵を返した時、声がした。

「ゼフェル様!?」
 気づかれちまった、と舌打ちをする。
 渋々振り返ると、涙を隠そうともせず、ロザリアは立っていた。
「よ、よお。おめー何してんだ?さっさと部屋に帰れよな」
 何してんだ?も何もないのだが、ゼフェルはとっさにそう言った。
 すると、ロザリアは妙に楽しそうに笑い出した。
「ゼフェル様ったら、鳩が豆鉄砲をくらったような顔してますわよ?」
 ゼフェルは呆気にとられた。

 なんでコイツはもう笑ってんだ?
 なんでコイツが、オレに笑いかけてるんだ?
 なんで泣いてるのを見られたのに、逆上したりしねーんだ?

 ―――わけわかんねー。

「…おめーが泣いてたからだよ。いくらキツいこと言っても能面みてーなツラ崩さなかったのによ。そんでおめーが泣き顔をオレに見られてんのに平然としてるのにも、だ」
 ロザリアは、微笑んだ。
「ゼフェル様はきっと誰にも仰らないでしょう?ならば構いませんわ。どうせゼフェル様には嫌われているのですもの。これ以上わたくしへの評価は下がらないでしょう」
「おめーさ、なんでもそうやって損得で決めてるのな。そんなんで楽しいか?」
 ますます笑顔を深くして、ロザリアは口を開いた。
「楽しいはずがございませんでしょう」
 まるで手ごたえのない返答に苛立って、ゼフェルはロザリアの瞳に視線を合わせた。
「オレはおめーがわかんねー。最初会った時からずっとだ。 だいたいオレのこと嫌いなくせになんで気ィ使うんだ?オレがおめーのこと嫌いになったからって、力送んねえなんてことはしねー。損得で考えてるわりには、そこがわかんねー。”どうせ嫌われているのだから”頭下げて出て行かなくてもいいじゃねーか。 …オレは頼まれりゃ力送るしかねーんだからよ」

 本音が出てしまった。考えていたことを言葉にしてしまったのだ。
 彼は、内心の苛立ちをぶつけるようにロザリアを睨みつけた。









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