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 アンジェリークはお弁当を持ってきていた。

 タコの形を模して作られたウインナー。
 御飯の上に海苔で作られたニコニコマーク。

「なんだよこれ…ま、頑張ったみてーだし食ってやるよ」
 行儀悪くエビフライを摘んで口の中に放り込む。
「ふふっ。どうですか?」
「悪くねーな。ちゃんと食いモンだ」
「誉め言葉になってません!」
 抗議しながらも、アンジェリークは笑っている。
「これ、ロザリアと一緒に作ったんですよー!」
「へえ。おめーらって仲いーんだな。ま、結構なことなんじゃねーの?」
 どうでもよさそうに言ったあと、付け足す。
「しっかし…あのロザリアがこんな風にウインナーに細工するってのも意外だけどよ」
 アンジェリークは、大きく首を振った。
「違いますよ〜!一緒にって言ってもロザリアは違う物を作ってたんです。そうそう、豪華なサンドイッチを作ってました!でもねーひどいんですよ!ロザリアったらこのウインナーを見て呆れたみたいに黙っちゃうんですもの!」
 ――――ってことは、今日アイツは誰かとその豪華なサンドイッチとやらを食ってんのか。どーでもいーけどよ。
「ま、オレには、んな澄ましたサンドイッチなんかより、おめーの下手な弁当の方が合ってるわ」
「貶されてるんですよね?」
「どっちでもいーじゃねーか。で、オレらはこうやって湖に来てるけどよ、ロザリアはどこ行ってんだよ」
「たしか、ジュリアス様と乗馬をしに行くって言ってました」

 光の守護聖であり、首座でもあるジュリアスの顔が浮かんだ
 常にゼフェルの行動を見張っていてなにかとやかましい男だ。
 できれば顔を合わせたくない人物である。
「げっ、ジュリアスかよ…休みの日まであいつの顔が見たいだなんて、信じらんねーぜ。オレだったら余計疲れちまう。全く物好きな奴だよなー」
 うんうん、とアンジェリークも頷いた。
「ですよねー?私もジュリアス様のこと尊敬していますけど、休みの日にまでお会いしたいとは思いませんもの。でも、ロザリアは私と違うからな〜だって理想の男性がね」
 言いかけて、アンジェリークは口を塞いだ。
 大方『絶対内緒にするから』とでも言って聞き出したのだろう。
 しかし、途中で止められたら気になるものだ。
「なんだよ教えろよ。あのクソ真面目で品行方正なお嬢様にも、理想の男とかあんのかよ」
 口ごもるアンジェリークにゼフェルは食い下がった。それはもう、しつこく食い下がった。
「絶対内緒ですよ!」
 ゼフェルのしつこさに負け、アンジェリークがとうとう口にした。
「おう!オレは口はかてーぜ!」
 途端に笑顔になったゼフェルに、アンジェリークはため息をついた。
「ゼフェル様、子どもみたい」
 彼女が漏らした呟きは、 幸い彼には聞こえなかった。
「じゃあ言っちゃいます。ロザリアの理想の男性って、『容姿端麗で気高い男性』なんですって!」
 なんだかんだと言いながら、アンジェリークの顔は生き生きとしている。
 どうせ話さなければならないのであれば、気にしているのは損だと言わんばかりだ。
「…それって、まんまジュリアスじゃねえか」
「そうなんですよ!」
 目を輝かせて、アンジェリークは身を乗り出した。
「だから、ロザリアはジュリアス様のこと好きなんじゃないかって思うんです!」
「似合いだな…」
「お似合いですよねー…」
 二人は同じような台詞を、全く違う思いで呟いた。

 ジュリアスとロザリアはよく似ている。
 ゼフェルには何の価値も見出せない”責任感”が強いところ。生真面目で面白みがないところ。
 何より貴族出身で、己の出自を鼻にかけているところ。

 どれをとっても最悪だと思った。
 そんな二人がくっつこうが離れようが関係はないが、興味はある。
「でね、ついでに言っちゃいますけど嫌いな男性のタイプは”乱暴で品のない男性”ですって」
 付け足されたその言葉で、ゼフェルの笑顔は消えた。

 ―――…なんなんだよ。それ。オレのことじゃねーか。

 周りのことを気にかけずに行動してはいても、自分がどのように見られているかは分かっている。
 守護聖の中で、ロザリアが述べた”嫌いな男性像”に当てはまるのは、自分しかいない。

 ゼフェルは自分を卑下しているわけではない。
 しかし、ロザリアから見た時の自分は、正にそのように見えていることは疑い得なかった。
 おそらくロザリアはこう言いたかったのだ。
『好きな男性はジュリアス様。嫌いな男性はゼフェル様』と。

 アンジェリークは突然様子が変わったゼフェルを見て不思議に思ったが、いつもの気紛れだろうと判断した。
 彼女の中ではゼフェルと”乱暴で品のない男性”は結びつかなかったから、彼の態度の変化の理由がわからなかったのだ。









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