女王補佐官への恋 2  -二人のために世界はあるんや‐




 なだらかに広がる草原の向こうには、木々と池が見える。
 心地の良い風を受けながら歩く商人は、機嫌よく口笛を吹いていた。

 丸一日はかかるだろうと覚悟していた商談は、思いのほか早くまとまった。女王府からの口利きは、大変な効果があったらしい。
「さすが、宇宙を司る女王陛下直轄なだけあるわ〜」

 新しい宇宙の女王を決定するための試験が行われる。
 そう聞いた時、もちろんチャーリーの好奇心は大いに刺激されたが、協力の要請に即答はできなかった。
 手掛けている新事業は形になり始めたところで、時間や行動への制約を受け入れるには時期が悪すぎたからだ。
「ご懸念はごもっともです。女王府といたしましては、ご協力いただくことで生じる不利益以上の十分なお礼をと考えております。金銭面だけではなく、ビジネス上でもお役に立てる場面があると存じます」
 精悍な顔立ちの使者を思い出して、チャーリーは二度頷いた。
 使えるものはなんでも使う。病気以外はなんでももらう。それが彼のモットーである。


「意外と、こういう感じのデートも喜んでくれるかもしれへんな〜」
 一か月ほど前、チャーリーは恋に落ちた。
 相手は、なんと女王補佐官だ。聖地に呼ばれたことに続いて、彼の人生における大きなトピックスである。
 その人は、明日チャーリーの店を訪れることになっている。
 そわそわして落ち着かないので、その広さと来園者数の少なさで有名な、この森林公園で貴重な空き時間を過ごすことに決めたのだ。
 どちらかと言えば賑やかな場所を好むチャーリーにしては珍しい選択だったが、ゆったりと歩きながら思索にふけるうち、雲が晴れていくように頭の中もクリアになってきた。
 とにかく、まずは補佐官といろんな話がしたい。それも、なるべく長い時間だ。
 お茶を飲みながら見せてくれた笑顔を思い出すと、胸の鼓動が早くなる。
 まるで少年のようだと気恥ずかしくなるが、それも自分なのだからしかたがない。
 これまでどんな人生を歩んで、今は何を大切にしているのだろう。
 きっと彼女は嫌がるだろうが、女王候補時代やその前の話も聞いてみたい。
 彼女のことをもっと知りたい。それが一番の望みになっていた。




 約束の時間に扉がノックされた。適切な音量で二度聞こえたその音は、簡潔な印象をチャーリーに与えた。
「お邪魔いたしますわね。お役に立てると良いのですけど」
 補佐官は、少しはりきっているようだ。その表情を、チャーリーは胸にかきとめた。

 偶然がきっかけで店に招いた時、ロザリアにちょっとした雑貨をプレゼントした。
 その礼をしたいと言われて、若い女性の目線でディスプレイを見てほしいと頼んだのだ。
 プライベートで会うための、それは言わば口実だったが、やはり良いところを見せたかったし意地もある。普段の倍以上の時間をかけた商人渾身のディスプレイを見て、ロザリアは感嘆の声をあげた。
「いつもセンスが良いと思っていたけれど、今日は一段と素晴らしいですわ!」
「補佐官さまに見ていただくんですから、いつも以上にがんばったんです」
 軽口を叩いているわけではなく本音だったが、ロザリアはこれには反応しなかった。

 彼女に恋をする前にも、同じような場面は何度もあった。もともとは主星の大貴族の出だと聞いている。社交界では日常的にこういった言葉をかけられていたのだろう。
「かわいいだけではなくて、少し大人っぽい感じなのが良いですわね。候補の二人もきっと喜びますわ」
 口調や表情から、それがお世辞ではないことがわかる。
「言うことはありませんわ、で終わってしまっては、来た意味がありませんわよね。触っても良いかしら?」
 そう言いながら、持参していたらしい白い手袋をはめて微笑んだ。
 ディスプレイをしばらく眺めた後、あれこれ触ったり移動させたりしながら、補佐官はチャーリーに意見を求める。
 まさか手袋まで用意してくるとは思っていなかったし、楽しそうに作業する姿が様になっていることも、嬉しい驚きだった。
 
 
 ふと時計を見たチャーリーは目を疑った。二人で話しながらセッティングしているうちに、二時間もの時が経過していたらしい。いつだって時間は矢の速さで過ぎていくが、今日は特にそうで、思わず「まだ三十分くらいちゃうん」と声に出た。
「何かおっしゃって?」
「あ、いえいえ。そうそう、そろそろお茶にしません?」
 ロザリアも時計に視線を移して驚いた顔を見せた。
「まあ、もうこんな時間!?楽しい時間はすぐに過ぎますわね」
 眉根を寄せて不満そうな顔を作ったロザリアを見て、チャーリーは思った。
 ああ、めっちゃ好きやわ、と。

 ロザリアの手土産のスコーンとクリームに、シロップ漬けのフルーツ。そして渋みが少なくコクのある茶葉で淹れた紅茶を準備していると、ロザリアの視線に気づいた。
「手際の良さに、つい見とれてしまいましたわ」
 顔が熱くなっているのを自覚しながら、何食わぬ顔で礼を言ったところで、チャーリーは思い至った。
 知性と美貌を兼ね備えているロザリアは、正しく高嶺の花だ。
 それでいて、気取らず率直にものを言ったり、素直に人を誉めたりする。
 もちろん長所に違いないのだが、外見が外見だ。とんでもない人たらしになっているのではないだろうか。恋人はいないと聞いているが、ライバルがいるに違いない。

「チャーリー、最近はどう?変わったことや、気になることはない?」
 『最近ロザリアさまを好きになりました』とは言われへんな〜などと考えながら、質問に答える時間を稼ごうと紅茶に手を伸ばした。
「このシロップ漬けのフルーツ、お茶に入れてもスコーンに添えてもおいしいですわね」
 すっかりリラックスしてお茶を楽しんでいる様子を見て、女王と二人だけの時はこんな感じなのかもしれないと思った。
「女王候補たち、がんばってますね。うちの店に来てくれる回数は変わりませんけど、滞在時間が短くなってます。聞いたら二人とも勉強や育成に飛び回ってるみたいですし」
「ええ、二人とも本当にがんばってくれていて、頼もしいくらい」
「可能性の塊!って感じで、見ててワクワクしますわ〜」
 嬉しそうに大きく頷いたロザリアに、チャーリーは付け足した。
「ロザリアさまもそうですよ。お若くして補佐官職に就かれていて、知識も才覚も経験もおありで、これからもいろんなことを成し遂げる方やと思います。守護聖さま方もそれぞれ個性的で、合う合わんは別として、皆さん面白いです」
 ロザリアが改まった顔をしているのに気づいて、チャーリーは話すのをやめた。
「わたくしね、チャーリーを誤解していたの。守護聖たちや他の協力者とは違って、あなたは広い世界をご存知で、世間知に長けている。人当たりが柔らかくて、お話もとても面白いのだけれど、どこか怖いところがあるように思えて、少し警戒していたわ」
「誤解やったんですね?」
「ええ、誤解でしたわ」
「話が面白いというところが誤解だった…ってことはないですよね?」
 まじめな顔をしていたロザリアは、それを聞いて吹き出した。
「もちろん違いますわよ!チャーリーは信頼がおける人だわ。協力者としてあなたを強く推したのは陛下でしたけど、きっとわかっていらしたのでしょうね。本当に、来てくださってありがとう」
「いやいやいや、こちらこそ、こちらに呼んでいただいてありがたいです。感謝してます」
 照れくさいような、誇らしいような気持ちになる。落ち着くために、紅茶のお替りを自分のカップに注ぐ。一口飲んでから、ロザリアの言ったようにシロップ漬けのフルーツを入れてみた。スコーンのために用意したものだったが、確かにおいしかった。
 
「おっしゃるように、商売上ではいろんなものを見てきました。怖いかどうかはわかりませんけど、ひねくれてた時期もありました。でも、いくら汚いもんばっかり見ても、きれいなものも絶対にあるんです。そんで、俺はきれいなものが好きです。好きなものを大事にして生きていくしかない。単純にそう考えるようになってから、楽になりました」
 真剣な面持ちで聞いていたロザリアは、少し考えて口を開いた。
「そうね。わたくしもきれいなものが好きだわ」
 頷きながら話している補佐官は、何かを思い浮かべているように見える。
「ロザリアさまにとってのきれいなものってなんですか?」
 踏み込みすぎているだろうか。思わず口から出た自分の言葉にひやりとする。
 ロザリアも想像していなかったのだろう。驚いたようにチャーリーを見た。
「…陛下ですわ」
「え?」
「ですから、女王陛下ですわ!」
 怒ったように声を張り上げて、ロザリアは手を口元にあてた。
「大きな声を出してごめんなさい」
 少し驚きはしたが、補佐官にとって女王陛下がきれいなものの象徴であることは何らおかしいことではない。
 だから、チャーリーには彼女がなぜ気まずそうにしているのかわからなかった。
「補佐官さまが女王陛下に対してそう思ってはるのはいいことですよね?」
「それはそうですけれど」
「照れてはります?」
「…そうかもしれませんわね」
 二人は女王とその補佐官であると同時に、友人同士でもある。プライベートで話す姿を何度か見たが、まるで補佐官がしっかり者の姉で、女王は甘えん坊の妹のようだった。そのあたりがロザリアを照れさせているのだろうと納得した途端、二人の関係性やロザリアの仕草がとても好ましいものに感じられた。
「一般の人間にとっては陛下や皆さま方は神さまみたいなもんです。私にとってもそうでした。でも、こちらに来させてもらって、皆さま方のいろんな面を知れました。そんで、ロザリアさまはきれいな方やと思います。まっすぐで、きれいで、私は好きです」
 温かい思いに満たされながら話していたチャーリーは、不自然な静寂を不思議に思った。何かおかしなことを言っただろうか。
「どうされました?」
「え?あの、ええと、いえ、ありがとう」
「いえいえ、正直な気持ちを言うただけです。ロザリアさまのこと」
好きです、そう続けようとして、チャーリーは自分が愛の告白のような台詞を言っていることに気づいた。
 今はまだ思いを伝えるには早すぎるし、そのつもりもなかったチャーリーは、慌てて正す。
「その、すごく素敵な方やと思ってます。補佐官さまが陛下に感じる美しさを、私は補佐官さまに感じてます」
 その言葉を受けた補佐官は、みるみるうちに笑顔になった。花がひらくような、と形容するにふさわしい笑顔だった。




 ロザリアの背中が見えなくなるまで見送って、チャーリーは扉を閉めた。
「危なかったわ。知らん間に告白するとこやったわ」
 補佐官には決まった相手はいないと聞いているが、もしも恋人がいたら問答無用で振られてしまうところだった。
 椅子にもたれて胸をなでおろすと同時に、今日浮かんだ懸念を思い出した。
 ここ何年も恋愛に縁がなかった自分が恋をしたのだ。他にも彼女に好意を持っている者がいるに違いない。守護聖の中にもいるのだろうか。
 ”美形で変わり者”というのが守護聖になる条件なのではないかと疑うような面々だ。
 なるべく恋のライバルになりたくないが、結局のところ自分を好きになってもらえればいいだけの話だと楽観的に考える。それに、今日ここにいたのは二人だけだ。

 余計なことを考える前に、まずは余韻に浸ることにしたチャーリーは珈琲を淹れた。それを片手に店を眺めながら、てきぱきと動く補佐官の姿を思い出す。
「こんな看板娘がおったらどれだけええやろな〜!」
 自分のひとり言に触発されて、『こんな〇〇がおったらええやろな』シリーズを展開した後、ロザリアが見せてくれたいろんな表情や、自分への礼の言葉を思い返してひとしきり喜んだ。
 次はデートに誘ってみようと決意すると、今度は誘い方、誘う場所、そして着ていく服と、難問が次から次へと湧き出てくる。
 恋のライバルについて心配する時間も、その必要も今はないようだった。









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