女王補佐官への恋  3  -二人のために世界はあるんや‐


 女王候補たちからは暇だと思われているようだが、チャーリーは忙しい男だ。週に一度だけ開く小さな店の主人の顔は女王試験のためのもので、本業はもちろん別にある。

 『わかりやすく簡潔に』を求めるチャーリーに届けられる報告は、どれも読みやすくまとめられているが、とにかく数が多い。
 頻繁に鳴る電子メールの着信音を聞きながら、チャーリーは一人ぼやいた。
「みんな有能すぎへん?こんなん俺もめっちゃ仕事せなあかんやん」
 新事業の立ち上げを前に聖地に来ることになった時は心配もしたが、許可を取れば外界に行くことはできるし、部下たちは十分に仕事をしてくれている。さらには女王府のサポートもあるので、ビジネスは順調過ぎるくらいに順調だ。
 彼のひとり言は正に嬉しい悲鳴なのだが、喜んでばかりもいられない事情があった。

「ロザリアさまをデートに誘われへんや〜ん!」
 そう叫んだチャーリーは、女王補佐官に恋をしていた。
 何度か二人だけで話す機会を得て、以前より距離は近くなったが、まだまだ親しい間柄とは言えない。もう一歩進むためにデートに誘おうと決めたものの、こうも忙しいとなかなか難しかった。



 オンラインでの短い会議の後、最後に残った部下に忙し過ぎると愚痴を言うと、呆れたように返された。
「どの案件も進捗に問題はなく、急ぐ必要はありませんよ。社長の仕事が早すぎるので、皆もつられているんです」
「そうなん?」
「そうです。少しは手を抜いてください」
「そうなんや。せやけど、何事も思い立ったらすぐやらな忘れてしまうねん。チャンスの神さまは前髪しかないって言うやん」
「では、この後は何かを思いつかないうちにコンピュータを閉じてください。チャンスの神さまも前髪を掴まれてばかりでは、せっかく残っている前髪も抜けてなくなってしまいますよ。まずは今から半日休暇をとりましょう」
「それやったら、近々どっかでまた一日休ませてもらってもええかな?」
「来週までなら、いつでもいいですよ」
「おおきにおおきに!」

 約束通りコンピュータをすぐにオフにして、まずはランチに取り掛かった。
 スクランブルエッグにスライスチーズ、マヨネーズとケチャップを和えたツナ、千切りにしたキャベツのサンドイッチを手早く作ると、あっという間に平らげた。
 思ったより空腹だったようで、もう少し食べたいような気もしたが、食器類を片付けた。簡単に掃除をしながら、空いた時間を情報収集に使うことに決めると、実行に移すべく身支度を始めた。
 
 チャーリーは、ルヴァを訪ねるつもりだった。
 様々な星で商売をしていることが興味をひいたようで、いつでも遊びにきてほしいと言われている。世間話の合間に補佐官の話題を出しても、不自然ではないはずだ。
「せやのに!」
 なんという幸運だろう。ルヴァの執務室から出てきたのは、ロザリアその人だった。
「チャーリーごきげんよう。ルヴァに御用かしら?」
「ロザリアさまこんにちは。こちらでの用事は済んで、これから帰るところです」
「わたくしも今日はもう仕事を終えましたの。途中までご一緒しましょうか」
「ぜひ!」
 完全に禿げても恨まんとってくださいねと心の中で呟いてから、チャーリーは全力で神さまの前髪を掴みにいく。
「ロザリアさま、良かったらこの後お茶でもしませんか?」
「あら、いいですわね」
 即答されたチャーリーは、拍子抜けすると共に少なからず驚いた。思わず『ええんですか?』と言いそうになったがこらえた。
「行きたいお店はあるかしら?なければ、おすすめのお店がありますわよ」



 その店は、チャーリーが驚くほど多くの茶葉を揃えていた。
「これはすごいですね。かなり希少なものもありますやん。ちょっと感動するくらいの品揃えですわ」
「そうでしょう?このお店はリュミエールに教えてもらいましたの。チャーリーならこちらのお店のすばらしさをわかってくださると思いましたわ!」
 チャーリーの反応に満足したようで、嬉しそうに両手を胸の前で合わせた。
「わたくし、このお店では注文をとても迷ってしまいますの。今日もそうなると思いますけど、チャーリーは短気ではありませんわよね?」
「私のことは気にせんとゆっくり選んでください。お時間はあるんですよね?」
「ええ。この後は何も予定はありませんわ。ですから、覚悟して頂戴ね」
「はい、喜んで!」

喜ばせるようなことを言った覚えのないロザリアは、不思議そうな顔をした。

 



 聞かされた通り、ロザリアの注文はなかなか決まらなかったが、メニューを前に真剣に悩んでいる様子を見るのは楽しかった。
「ロザリアさま、アフタヌーンティーセットにして一緒に食べませんか?」
 お茶を選び終えたところでそう提案してみると、ロザリアは驚いたように目を丸くしたが、次の瞬間には大きく頷いた。
「二人分からしか注文できませんものね。ぜひそうしましょう!」 
 午後のティータイムを思う存分楽しもうと意気込む様子に、チャーリーは思わず微笑んだ。
「ちょっとお昼足りへんかったんです。食べるのが楽しみですわ〜」    
「わたくしは、もう少し食事を少なめにしておけばよかったと後悔しているところですわ。どちらにせよ、全部食べてしまうでしょうけど」
 そう言って、ロザリアはいたずらっぽく笑った。職務から離れた彼女は、やはりとてもかわいらしい。こんな表情を見ている者はなるべく少なくあってほしいと思いながら、気になったことを質問する。


「リュミエールさまとは、よくお茶してはるんですか?」
「ええ、そうね。陛下の次はリュミエールとお茶をすることが多いですわ。あとはオリヴィエやマルセルかしら。その他の守護聖とも、時々はこうしてお話ししますわよ」
「マルセルさまもですか。こう言うたら失礼かもしれませんけど、皆さま方とプライベートでもお会いになってはるとは思ってませんでしたわ」
 リュミエールとオリヴィエは順当だったが、マルセルやその他の守護聖と仕事以外でも交流があるのは意外だった。今日自分の誘いをあっさり受けてくれたのも、誰かと二人だけでお茶を飲むことが日常茶飯事なら、何ら不思議ではない。
「候補の頃は、わたくしたちの人となりや、試験への姿勢を見るために、お茶に誘っていただくことが多かったの。その延長で今も自然とね。昔はテストを兼ねてのこともあって、それは緊張しましたのよ」
 アンジェリークやレイチェルが、守護聖と二人でいる時に浮かない表情をしていることがあるが、なるほどそういうことだったのかと腑に落ちた。
「でもね、時々お茶の後に公園や湖に連れていってくださることがありましたの。その時だけは試験とは関係なく、気楽にお話できましたわ」
「まるで、デートみたいですやん」
「そう言われたら、そうかもしれませんわね」
 小さな嫉妬心が自分の胸に芽生えたのを認めて、チャーリーは覚悟を決めた。
「ロザリアさまは、お付き合いされてる方はおらんのですか?」
 声が僅かに上擦ったが、ロザリアは気づかなかったようだ。おかしそうに笑って首を横に振った。
「おりませんわよ。でも」
 そこで言葉を切って、明るい声を上げた。
「チャーリー、来ましたわよ!」

 ティーワゴンが静かに運ばれてきて、チャーリーは天を仰いだ。


 

 

 

 

 

 


 ティースタンドは、クラシカルだが華やかだった。主星の四季が春のためか、苺がふんだんに使われていて、目にも美しい。先ほどの話の続きが気になってしかたがなかったが、せっかくのセットをないがしろにはできないので、気持ちを切り替えた。

 一品一品あれこれ言いながら食べ進めていると、やはり飛ぶように時間が過ぎていく。表情豊かに話しているロザリアも、少なくとも退屈はしていないはずだ。
「このお店を出た後、少し散歩してから帰りません?」
「良くってよ。ふふ、まるでデートみたいですわね」
 何気ないその冗談は、チャーリー自身が驚くほど、彼を動揺させた。



 丁寧に手入れされた庭園で見る夕暮れの風景は、出来過ぎなほど見事だった。


 日常のルーティンから目についた花についてまで、話題のテーブルに上ったものは多岐にわたり、いつまででも話していられそうな気がした。
「俺はよく喋る方なんですけど、ロザリアさまもお話好きみたいで嬉しいですわ〜」
「あなたといると、なんとなくですけれど、陛下といるような気分になりますわ」
 最上級の誉め言葉に一瞬浮かれかけたが、友達ルートに入らないようにと気を引き締める。
「そう言えば、お付き合いされてる方はおらんて言わはった後に、何か続けようとされてませんでした?」
 ロザリアは足を止めて、恥ずかしそうに小さく肩をすくめた。
「チャーリーには、不思議と何でも話してしまいそうになりますわね。でも、改めて話すほどのことでもないの」
 その返答で、絶対に聞いておかなければならないことだと確信する。
「途中で止められたら気になってしかたないですやん〜夜寝られへんようになりますから教えてください」
 少し考えて頷いたロザリアは、体をチャーリーに少し寄せた。それから、内緒話を打ち明けるように小声で話し始めた。
「実はね、候補の頃はジュリアスに憧れておりましたの」
「えー!ジュリアスさまですか〜!」
「声が大きいですわよ!」
 俺とは真逆のタイプですやん!と内心で騒いでみたものの、他の守護聖に自分と似たタイプがいるわけでもなかった。
「女王候補として初めて会った時、なんて誇り高くて美しい方なのかと思いましたわ。でも、同僚になったらまた違うのね。ジュリアスもわたくしも頑固なところがあるから、守護聖の中では一番衝突するの。でも、今も尊敬しているし、仲も悪くなくてよ」
 真剣に恋をしていたというわけでもなさそうで、安堵のため息をついた。それにしても、理想のタイプがジュリアスだとすると、なかなか厳しい戦いになりそうだ。

「俺のこと、見てください。どんな顔してます?」
 ロザリアは、突然の質問の意図をはかりかねて、首を少し傾げた。
「好みとまではいかなくても、そんなに悪くないかもとか思ってもらえたら嬉しいんですけど」
「チャーリー?」
「とりあえず今だけでええんで、試験の協力者としてではなく、男としてちょっと見てみてください。嫌いな顔ならそれはもうしかたないんで。オブラードに包んでやんわり言うてくれたら察しますんで」
 冗談めかして言いながら、しかし笑顔を消してロザリアを見つめると、ロザリアも唇を閉じてチャーリーを見た。

まっすぐな視線を受けたチャーリーは、今更ながら緊張したが、真剣に自分を見てくれているロザリアの真面目さが嬉しかった。
「ジュリアスさまとは百万光年離れてますし、学生の頃のロザリアさまが言うてはったような、完璧な男でもないですけど」
「もう、チャーリー!」
 張り詰めていた空気が緩んで、顔を見合わせて笑った。

 


「今日はほんまに楽しかったです。ロザリアさまはどうでした?」
「そうね。わたくしにとっても、楽しい時間でしたわ」
 返事が少し遅れたのは、彼女が少し慎重になっているせいかもしれない。
「ほんなら、また来週にでもお会いできません?勘違いさせたらとか、責任がどうとかは考えへんで大丈夫です。一緒におって楽しかったら、次もそうなる可能性が高いでしょ?誰かと楽しい時間を過ごすのは、人生における大きな喜びの一つです。見逃す手はありません」
「チャーリーの言う通りかもしれませんわね。日の曜日の午後からなら空いておりますけど、ご都合はいかが?」
「日の曜日やったら大丈夫です!ほな指切りしましょ!」
「指切り?」


 小指を立てた右手を彼女の前に差し出したのは、一種の賭けだった。
 そして、それは十秒後に報われた。

 






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