―――ほら、ロザリア素直になって。じれじれしてるなんてロザリアらしくないんだから。 
       
      で、でも、陛下・・・。 
       
      ―――気軽に行けばいいの。女王候補時代や聖地にいた時だってそうだったでしょう? 
       
      あの時と今とでは状況が違うわ。それに・・・。 
       
      ―――弱気な態度なんてらしくないんだから!・・・それに今日は私も久々に何もかも忘れて、あの方と一緒に過ごしたいと思ってるの。だからロザリアも頑張ってね。 
       
      ア、アンジェ・・・。 
       
       
      :.。..。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・*:.。..。.:
       
       
       
      緑の守護聖の執務室ではなく、わざわざ私室の方へとマルセルは案内してくれた。 
      「マルセル、あの、わたくしそんなにお邪魔するつもりは・・・」 
      ロザリアはピタリと足を止めてしまうが、背を押すようにして扉を開けて中へと促がされる。 
      「いいじゃない。もう執務室には誰も来ないと思うから」 
      相変わらず眩しいくらいの満面の笑顔。 
      お部屋の中は綺麗なお花で満たされていて、パステル調の柔らかい色彩が広がっている。 
      思わず感嘆の溜息が漏れてしまった。 
      「わぁ、綺麗ですわね」 
      「ふふ、有難う」 
       
       
       
      じれじれ 
       
      〜後編〜 
       
       
       
      テーブルを挟んで、向かい合うような形でマルセルとロザリアはそれぞれ腰を下ろした。 
      「ロザリア、これって君と二人だけのちょっとしたお茶会だよね」 
      紅茶の香りがふわりと二人を包み込み、楽しいお喋りに暫し花が咲く。 
      ロザリアはティーカップを取り、落ち着いて一口啜った。 
      「風味が良くて、美味しいですわ」 
      「良かったー。君なら気に入ってくれるだろうなと思って淹れてみたんだ。・・・そういえば、そのバスケットの中身って何?何が入ってるの?」 
      「え・・・」 
      ロザリアは次の言葉が出せない様子で、黙り込んでしまった。 
       
      ・・・貴方と一緒にティータイムでもと思って、色々持ってきましたの。 
       
      と、簡単に口から出せたら楽なのに。 
      でも、ちょっとした意地と、女としてのプライドと見栄がそうさせてはくれなかった。 
      ロザリアはクッキーを摘んで口許に持っていき、目線を下げながら何かを考え込んでいる。 
       
       
      あの時・・・。 
      そう、先程のあの時・・・。 
       
      笑っていた、マルセルは笑っていたのだ。 
      それもとても楽しそうに。 
      アンジェリーク・コレットと楽しそうに過ごしていた。 
      ただそれだけの事なのに、胸の中がじりじりと焦げる。 
      もともと表情豊かな少年で、純粋で、好意を素直に表してくれる。 
       
      ―――ロザリア、君の事が大好きだよ! 
       
      まるっきり信じた訳ではなかったが、決して嘘は付かない少年だ。 
      あの言葉には確かに真情が込められていて、紡いでくれたその時はそう思ってくれてたに違いない。 
      たが、今も昔と同じような気持ちでいてくれてるかというと、それはわからないし、あの時も会話の途中でふと零れたような台詞だったので、今更蒸し返して確認する訳にもいかない。 
       
      ・・・わたくしの勝手な思い込みや勘違いだとしたら、それはとても惨めだしみっともないわ。 
       
       
      「あ、いえ、このバスケットの中身は・・・」 
      ロザリアは曖昧に口ごもり、それ以上は何も言わないでこの話はそこで終わりにしてしまおうと思っていた。 
      マルセルは不思議そうに小首を傾げたが、すぐにやんちゃそうな表情を見せる。 
      「でも、ロザリアが僕以外の誰かの所にこれから行くんじゃないかって、ちょっぴり心配して妬いちゃったんだ。・・・何でかって?だって君は・・・ますます綺麗になっていくんだもん・・・」 
      「え、そ、そんな・・・」 
      頬を一瞬赤く染めてしまったが、マルセルの頬も色付いてる事にロザリアは気付いた。 
      「前から綺麗だったけど、最近の君はどんどん綺麗になっていくよね。補佐官としても凄く立派だし。僕はそんな君に必死に追い付いて、追い抜こうと頑張ってるけれどまだまだ駄目だな・・・」 
      「そんな事・・・」 
       
       
      そんな事ありませんわ、マルセル。 
      貴方こそ急激に変貌を遂げられて、わたくしにはとても眩しいくらいよ。 
      正直、この目まぐるしい変化の早さに戸惑いを隠せなかったし、今のマルセルを正視すると胸が甘く疼いて、鼓動も高鳴り・・・とにかく凄く苦しくて・・・。 
      確かに以前は可愛らしい弟みたいな雰囲気でしたけれど、それでもわたくし、貴方の事を一人の男性として見ておりますのよ。 
      勿論、まだまだ無邪気で天真爛漫な部分も沢山ありますけれど、そういったのも全部含めて・・・わたくしは貴方の事を・・・。 
       
       
      「そんな君を見つめていると、僕は君には遠く及ばないな・・・と思ってしまうんだ・・・」 
      「そんな事ございませんわ!」 
      ロザリアはとうとう興奮したように立ち上がった。 
      力んでいるのか、右手の握り拳が微かに震えている。 
      マルセルは驚いた表情を見せているが、釣られる様に同じく立ち上がった。 
      「ロザリア?」 
      表情を改めるとおもむろにロザリアの方へと近付いていく。 
      「マルセル、わたくしは貴方の事を・・・」 
      少し言いよどんだ所にマルセルの真剣な顔。 
      その顔が正面から見据えている。 
      「貴方の事・・・」 
       
      ・・・と、言い掛けたその時だった。 
      急に辺りの気配が変わった事に気付いて、ロザリアもマルセルもはっとする。 
      「な、何かしら、この感じ・・・」 
      「うん、多分・・・」 
      マルセルが口を開いた次の瞬間、大きな地響きと共に室内が大きく揺らいだ。 
      地の底から体の芯まで震わせるような激しい揺れ。 
      「やっぱり地震だ、ロザリア!」 
      「きゃあ!」 
      この地震は只の地震ではない。 
      霊震と呼ばれるもので、度重なる揺れはアルカディア全体を恐怖に陥れる。 
      「か、かなり大きな揺れだね・・・もう僕立ってられないよ・・・!」 
      がしゃん、と何かが割れる音がした。 
      ティーカップや花瓶が粉々に砕け散り、硝子破片が急速にロザリアの喉元に迫ってくる。 
      動揺して動けないロザリアは、瞼をぎゅっと閉じた。 
      「ロザリア危ない!」 
      様々な衝撃音が聞こえる中、突然身体が何かに押さえ込まれる。 
      意外にも華奢に見えるのに強い腕の力に、ロザリアは更に驚いた。 
      「マッ、マルセルッ!?」 
      「危ないから絶対に動かないで!」 
      そう・・・マルセルに抱き締められる形で包み込まれるように、ロザリアは押さえ込まれていた。 
      マルセルの頬や腕には破片で切った傷跡が出来ていて、そこから血が滲み出ている。 
      ロザリアは驚いて目を大きく見開いた。 
      慌てて押し戻そうともがいてみたが、力の差が違い過ぎて全く歯が立たなかった。 
      「マルセル、貴方血が!わ、わたくしは大丈夫ですから体を離して下さい!でないと貴方が・・・」 
      「僕は平気だから君は暴れないで!君にもしもの事があったら僕は!」 
      「で、でも!」 
      ぐらぐらと揺れ続ける地面。 
      だが、それと同時にロザリア自身の心も揺らいでいた。 
       
       
      ・・・マルセル、きっと昔の貴方だったらこういう場面に直面してしまった場合は、血相変えてオロオロしてたわね? 
      怪我をして血が流れてしまったら、痛がって泣いてたわよね? 
      でも、今の貴方はわたくしの身を一番に考えて・・・一生懸命守ってくれて・・・。 
       
       
      「ふう。もうおさまったみたいだよ・・・」 
      破片が床を埋め尽くすように散らばっていて、実に殺風景だった。 
      マルセルはゆっくりと腕を立てて身を起こす。 
      「ロザリア、大丈夫?」 
      見上げるとマルセルの菫色の瞳と目がばっちり合った。 
      「わたくしは何処にも怪我等ありませんし、大丈夫ですわ・・・。それよりマルセルこそ酷い傷だわ・・・」 
      「うん、後で傷口を丁寧に洗浄して消毒するから大丈夫だよ。そんな事より僕は君の方が心配だよ・・・」 
      「わたくしは」 
      「だって君の体・・・こんなに震えてるもの・・・」 
      気が付くとロザリアの手は震えていて、マルセルの胸元をぎゅっと握り締めていた。 
      唇も小刻みに震えていて、口腔内もカラカラに乾いていた。 
      全身が痙攣したようにびくびくしてて、霊震がおさまった後だというのに体が思うように動いてくれない。 
      マルセルがそっと半身を抱き起こしてくれる。 
      「ねえ、まだ怖い?今日は霊震が引っ切り無しに続きそうだから、もし君が怖いなら、僕がずっと傍にいてあげる」 
      「え、でも、そんな・・・」 
      「ロザリア、感情を押し殺して僕に変な遠慮なんてしないでよ。
      ・・・ううん、御免。本当は僕が君の傍にいたいんだ・・・」 
      マルセルはロザリアの背に両腕を回して、そっと抱き締めた。 
      「君の事を守りたい。もっと君に頼られたい。完全に僕の我が侭だけど今日だけは聞いて欲しいな・・・」 
      力強い台詞だけど、その頬は薔薇色に染まっていて瞳は無垢な少年ようにキラキラと輝いていた。 
      その様子にロザリアは憂いは残るものの、はにかんだように微笑し、ゆっくりと首を縦に振った。 
      「じゃあマルセル、まずはその傷口の消毒をしませんとね。救急箱はございますの?」 
      「うん、別の部屋にあるから取りに行かないと。行こう、ロザリア」 
      マルセルは自然な動作でロザリアの手を取り、二人は歩き出した。 
       
       
       
      手と手が重なった瞬間、ロザリアの中で優しくてあたたかなものがじわりと広がり、先程まで心に忍び込んでたドロドロしたものがゆっくりと溶け出して拡散されていくのを感じていた。 
      今ならきっと素直に自分の想いを伝える事が出来るかもしれない。 
      彼は何て答えてくれるだろうか。 
      驚くだろうか。 
       
      ―――ロザリア、君の事が大好きだよ! 
       
      遠い昔に聞いたような甘い台詞・・・でも、それは今も継続されてて現在進行形なんだってこの手のぬくもりが教えてくれる。 
       
       
       
       
       
       
      END 
       
       
       
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