なんだかわたくし、変ですの。
胸は壊れたメトロームのように乱打していて、凄く息苦しくて。
曇りのない澄んだあの菫色の瞳で見つめられるとわたくし・・・。
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アルカディアの緑の館へと、そわそわした気持ちで歩いている一人の女性がいる。
長い青紫の髪を後ろの高い位置で束ねた、少女と呼ぶにはあまりにも不釣合いな見目麗しい女性である。
彼女の名は、ロザリア・デ・カタルへナ。
アンジェリーク・コレットやレイチェルの先輩にあたり、女王補佐官として守護聖や教官、協力者達の仲介役として間を取り持ってくれているのだ。
じれじれ
〜前編〜
ロザリアは深々と溜息を吐いている。
『美味しいお紅茶とお菓子が手に入ったので、もうすぐ三時ですし、一緒にお茶でも』
口実としては少し無理があるかな、と思った。
手元にあるバスケットに目をやると、緑の守護聖の好物そうな甘いお菓子等が沢山詰め込まれている。
「別に変な事ではありませんわよね・・・?」
自分に言い聞かせてはみたものの、膨らむ不安感はどうしても隠し切れなかった。
緑の守護聖の館のすぐ手前までやってくると、視界一杯に見慣れた世界が広がっている。
「あははは。アンジェリーク、君っていつも面白い事言うよね」
「ふふふ、そうですか?でも、マルセル様こそ」
・・・見慣れた世界。
「隠れましょう・・・」
生い茂る草々は、身を潜めるには丁度良い。
「・・・・・・・・・。」
だが、何故自分が隠れなければならないのか?
疚しい事は何もしていないし、後ろめたい事だって何もない。
でも、もう隠れてしまったのは仕方ないし、咄嗟にそう判断してしまったのだからしょうがない。
本当は気軽に顔を見せて、いつものように優雅な振る舞いで二人に向かって挨拶すれば良い・・・そう思うのに。
だけど今、ここで声を掛けても良いものなのか。
二人の間に自分が遠慮なく入ってしまったら?
マルセルとアンジェリーク・コレットから醸し出される目に見えない雰囲気みたいなものが、自分の存在を否定して遮断しているようにも感じ取れた。
だから・・・。
だから、どうしても隠れてしまった。
ロザリアの形の良い唇が微かに動く。
「マルセル・・・アンジェリーク・コレット・・・」
それは、ここ最近良く見掛ける光景だった。
実際、こうして二人が並んでいるとお似合いの組み合わせに違いない。
だけど、どうしてこうも心が波立ってしまうのだろうか。
どうしてこうも心掻き乱されてしまうのだろうか。
どうして、どうして彼の隣に彼女が立っているのだろうか。
少なくとも飛空都市や聖地にいた時は、あそこにいたのは自分だった筈なのに。
どうして・・・。
―――ロザリア、君の事が大好きだよ!
なんだか遠い昔に聞いたような、甘やかで心地良い台詞だった・・・。
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あの頃のわたくしは女王試験の事で頭が一杯で、全然余裕がなくて。
女王補佐官として任命されてからも執務が多忙だったりと、色恋沙汰等は日々の生活の中で自然と薄れていってた。
―――ロザリア、君の事が本当に大好きだよ!
もっとも、マルセルからは正式に愛の告白を受けた訳ではなくて、いつもの無邪気な笑顔と口調で「ロザリア、君の事が大好きだよ!」と言われたものだから、実際の所何処までが本気なのかさえわからないし、掴み切れない。
それでもいいと思ってた。
それでもいいと。
何故なら、飛空都市や聖地にいた時は当たり前のようにマルセルは隣にいてくれて、満面の笑顔を見せてくれてたのだから。
アルカディアでもそれは変わらない。
少し雰囲気が大人っぽくなり、キリッと整った顔立ちの美少年にはなったけれど愛らしい笑顔は相変わらずで、顔を合わせると穏やかに微笑み掛けてくれる。
ただ、今回はそれが自分以外にも向けられてる事。
自分以外の、可憐なる少女に。
ただ、それだけの事・・・。
「あら、ロザリア様?ロザリア様じゃないですか。何してらっしゃるんですか?」
「え?」
ロザリアは驚いて我に返り、そして、目と目がばっちりと合ってしまった。
「アンジェリークとマルセル・・・あ、あら。おほほほ」
・・・見つかってしまったのね。
ばつが悪そうな顔をして、慌ててその場から逃げ出そうという格好でロザリアは身構えた。
だが、草を踏む音とともに進み出た者によってそれは制された。
マルセルである。
「あ、ロザリアこんにちは。こんな所でどうしたの?僕に何か用事でも?」
「え、そ、その・・・」
その穏やかな笑顔に頬がかぁと熱くなるのがわかり、ついつい踵を返すタイミングを逃してしまう。
「マルセル様、ロザリア様、私はこれから大龍商店までお買い物に行きますので、この辺で失礼させて頂きますね」
「うん、わかったよ。またね、アンジェ」
「アンジェリーク、御機嫌よう・・・」
アンジェリークは笑顔で二人に向って一礼すると、何事も無かったかのように歩き出していた。
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とうとうその場に二人きりという状況下のロザリアとマルセル。
ロザリアの方はかなり混乱しているようだ。
・・・ああ、どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう。
あんな所に隠れていたんですもの、もうマルセルに言い逃れは出来ないわ。
は、恥ずかしい!
一体どうやってこの場を切り抜けたら宜しいかしら・・・。
「あの、わたくし、偶然通り掛って、その、そちらの芝生に生えていた小さな草花についつい見惚れてしまい足を止めて、それで・・・」
ロザリアはかなり動揺しているが、マルセルは気にも留めずに口を開く。
「あは。ロザリアの前髪に葉っぱが付いてるね。僕が取ってあげるよ」
「あ・・・」
屈んだ方がいいのかしら、と一瞬そんな思考が脳裏を過ぎったが、そんな心配は不要だった。
以前に比べると背がぐんと伸び、成長の証しが見られるマルセルは、意図も簡単にすっと手を伸ばしていた。
今やマルセルはロザリアの身長をも追い越してしまったくらいなのだから。
「じっとしててね・・・」
細い指が髪の毛に当たるくすぐったい感触。
それが妙に心地良くて、気持ち良くて、ロザリアはドキドキしながら頬を薄っすらと赤く染めていた。
「はい、取れたよ」
「あ、有難うございます・・・」
「ねえ、君はそんなに大きなバスケットを持って何処に行くつもりだったの?・・・僕の館だと、嬉しいんだけどな・・・」
マルセルはやや強引に躊躇いがちな色の白い手を取り、もう片方の手はロザリアの手にあるバスケットを持っていた。
「マ、マルセル?」
「これから丁度三時のおやつにしようと思ってたんだ。そうしたらね、君の顔が頭にぱっと浮かんじゃって・・・。偶然にもロザリアの姿が見えた時には僕驚いちゃったよ。だから時間があるなら寄ってってね」
マルセルは笑いながら言うと、ロザリアの手を引っ張って館の中に入っていった。
・・・あの、マルセル、偶然じゃありませんわ。
わたくしは貴方と過ごしたくて・・・。
ロザリアは聞き取れないくらいのかすれた声で囁いていた。
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