その唇に触れることができれば、何かが変わるのだろうか。

 何もわかっていないロザリアに腹が立つ。
 『わたくしには、異性の友人はいなかったから』

 愛情より友情に重きを置く女。

 おめーが、オレの口を閉じさせた。




裏側に在るもの 前編





 早足で歩いていたロザリアが、廊下で立ち止まって息を吐き出した。
 背筋を伸ばして、もう一度歩き始めようとしたところで声をかける。
 
 最近バタバタと忙しそうなロザリアにちょっとでも息抜きさせてやろーと思ってオープンカフェに昼飯を誘ったら、案の定っつーかなんつーか、まあやっぱり断られた。
 
 それでもオレは機嫌が良かった。
 ロザリアがオレに頼んだからだ。
『もしあと20分ほど待っていただければ少し時間ができますの。それからでしたらご一緒できるのだけど…ダメかしら?』と。
 
 きっちり20分後、オレの執務室にロザリアが姿を見せた。待たせたことに対しての詫びを言うロザリアを急かして、二人で外に出た。

 飯の途中で軽く口喧嘩になったが、オレはそれも楽しんでいた。
 そこまではよく覚えてる。
 それなのに、そっからなんでああいう話になったのかが思い出せない。
 とにかく気がついたら、”一番の友達”だと言われていた。

 親愛の情とやらが込められた視線で、とても嬉しそうにそう言われた。



「…わたくしはそう思ってましたけど、ゼフェルは違って?」
 オレの顔色をうかがってるロザリアなんて初めて見たから、調子を合わせちまった。
「そーだな。おめーってよ、言葉遣いとか態度は女っぽいくせに、全然女って感じしねーもんな。色気がねーっつーか」
「まあ!わたくし、そんなことを言われたのは生まれて初めてですわ!本当にゼフェルは失礼ね」
 だろーな。おめーはどこまで行っても女だ。
「オレが失礼なのは今に始まったことじゃねーだろ」
「問題はそこではありませんわよ。…でも、これまでわたくしの周りにいた男性なら絶対に言いそうにないことをポンポン言うあなたが気に入ってましてよ」
 口に含んでいたミネラルウォーターを盛大に吹きだしてやると、ロザリアは嫌な顔をした。
「汚いですわね!もう!」
「おめーが気に入ってるとか気持ちわりーこと言って笑わすからだろ!」
「…わたくし、ゼフェルといるととても楽しいわ」
 縋るような目に負けて、オレはとうとう言ってしまった。
「オレもおめーのこと、友達だって思ってるぜ」
 蕾が一気に時間を越えて満開の花になった、って感じで、ロザリアの顔は輝いた。
 本当に嬉しそうだった。
「実は、わたくし男友達のお話をしているクラスメイト達を、とても羨ましく思っておりましたの」
「ヘンな奴だな。幼馴染とかそんなんもいなかったのかよ」
 何聞いてんだよ。そんなもん聞きたくないくせによ。
「ええ、おりませんでしたわ。同じくらいの年の男の子の姿なんて、時々両親に連れられていくパーティーで見かける程度でしたから」
「近所にガキは住んでなかったのか?」
 惰性で口が動いている。
「家から出る時は車でしたし……でも!男性と話したことがない、ということはございませんわよ。高等部に上がった頃からは、たくさんの男性からお食事やオペラのお誘いをいただいていたのですからね!」
 これだけは言っておく、と言わんばかりに勢い良く言った。
 普段なら、それをかわいいと思いながら笑って見ることができたのだろうが、今は何も感じない。
「…ダチって呼べる奴はいなかったってわけだな」
「ええ。そうなりたいと思える人すらおりませんでしたわ。わたくしが交流していた方々は、やはりお父様に決められた方ばかりでしたし、わたくし自身の視野も狭かったのでしょうね」

 爽やかな風と温かい日差しの中で話し続けるロザリアは、オレの一番好きな表情を浮かべていた。少女らしい笑顔だ。

 バカ野郎。オレは、おめーを女としか見てねーんだよ。
 



 男性へのプレゼントには何を選べば良いか。
 どういう女性が好かれるのか。
 そんな質問が妙に増えたと思ったら、恋をしたと言い出した。
 相手は知らない男だった。

 オレから言葉を奪っといて、自分だけ何でも話すんだな。よく動く口だ。

 オレの胸には嫉妬とも憎しみともつかないドス黒いモンが広がり始めた。
 二人の仲が確実に進展していく様子を、リアルタイムで正確に知らされる。

 ねえ、わたくしの口調、きつすぎはしないかしら?
 可愛げのない女だってあの人に思われそうで心配なの。

 どーしてそんなことばっか聞くんだよ。 ああ、友達だからだよな。オレならなに聞いても答えるって思ってんだよな。
 吐き出せない。
 知らねー、と言うのが精一杯だった。


 恋人は、あの男。
 同性の親友は、陛下。
 残っているものの中で、最も重要なポジションは”異性の親友”。

 それだけは失くせない。




「あら、ヘアスタイルを変えたのね?よく似合っているわよ」
 ロザリアからそう言われて嬉しくないはずはなかった。
 でも、同時に思う。
 好きな男ってわけでもねーのに、細かいとこまでよく見てやがる、と。

「まーな。好きなヤツができたからちょっと気分を変えてみよーかと思ってな」
 思わずそう言った自分が信じられなかった。
「そうなの!?まあどなたなの?」
 笑顔なんて見たくねーのに。
 そうだ。オレは嫉妬して欲しいんだよ。
「言えねーな」
 ロザリアは不服そうに少し口を尖らせた。
「ずるいですわよ!わたくしの好きな方をご存知のくせに」
 おめーが勝手に自分から言ってきたくせによ。
 オレは別に聞いてなかったじゃねーか。
 それどころか、絶対に聞きたくなかったんだよ。

「わたくし達の間に、内緒事はなしですわよ!」
 いつ決めたんだ?そんな約束してねーだろ。
 友達だ?親友だ?
 そんなもんはおめーが思ってるだけなんだよ。
 オレはよ、おめーには言えねーことばっか抱えてるんだぜ?
 おめーが好きだってこと。
 おめーが好きなヤツを、憎んでいること。
 おめーがオレのことを友達だなんて言うたびに、胸がムカムカすること。

 少なくとも、オレは一生おめーを友達だなんて思えねーだろーよ。
 違う女を好きになれたとしたら、オレはすぐにおめーを傷つける。
 本当は友達だなんて思ってなかったって、言ってやる。
 きっと、傷つくだろーな。泣くかもしんねー。
 ”友人として”オレのこと、マジで大切に思ってくれてるからな。
 おめーが信じきってる今のオレは、嘘で作られてたってこと、わからせてやるぜ。
「上手くいったら教えてやる」



 なんだよ。
 なんでオレはこんなんになっちまったんだ。
 最低じゃねーか。


 少しでも違ったら、オレはこんな思いをすることはなかった。
 ロザリアを好きにならなければ、いや、ロザリアを手にいれることができていたら、こんな感情を知らないまま、つまんねーことだけで怒ってられたんだ。

 例えば、オレとロザリアの食いモンの好みが違うこと。
 例えば、ロザリアと誰かが楽しそうに喋ってんのを見て、嫉妬すること。
 例えば、オレが二人の記念日かなにかを忘れてしまって、文句を言われること。

 そんなくだらねー、取るに足りないようなことに対して、本気で怒ってられたんだ。
 オレが欲しいのは、そういう単純な喜怒哀楽。
 捻くれて、暗いことばっか考えて、恋愛ドラマの主人公かよ反吐が出るぜ。
 誰かを好きになるってのは、いーことのはずだろ?

 辛い思いをした分だけ精神に深みが出るとか、そんなよーな言葉をやたらあちこちで耳にするけどオレはそんなもんいらねーんだよ。
 浅くて、薄っぺらい人間でいい。

 ロザリアのこと、好きなだけなんだ。



 今日もオレらは一緒にいる。
「オレとばっかいていーのかよ?」
 上目遣いとかすんの止めろ。
「ゼフェルは友達ですもの。それに、わたくしのあの人はそんなことで怒ったりするほど器量が狭くはありませんわ」
 わたくしのあの人。
「それにね、なんだかゼフェルに興味を持っているみたいなの」
「オレの話なんかすんな」
「どうしてですの?」
 驚いて聞き返すロザリアの顔は、呑気なもんだった。

 ロザリアは知らないだけなんだ。
 言ってねーんだから、当たり前じゃねーか。

「へっ。どーせおめー、ロクなこと言ってねーんだろーが。怒りっぽいから困るとかよ。想像つくぜ」
 悪態をついて見せると、ロザリアは納得して笑った。
「うふふ、外れですわよ」
「なあ、一個聞ーていーか?」
「ええ、なんでも」
「好きって思う気持ちは…いいモンか?」

 ロザリアの顔が赤く染まっていく。
 今、彼女は男の顔を思い浮かべているに違いない。

 男からもらった思い出とか、おめーがやった言葉とか、オレが知らねー気持ちとか思い出してるんだろ。

 たっぷり一分はそれに時間を費やして、ロザリアは頷いた。
「とても、良いものですわよ」











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