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ドアがノックされる。
「失礼いたします」
少し気取った声がして、ロザリアが執務室に入ってきた。
「あの…ありがとうございます」
開口一番そう言ったロザリアは、妙に嬉しそうな顔をしている。
―――昨日内緒でフェリシアに力送っといたのがバレたのか!?
「どうなさいましたの?」
ロザリアの声に、ゼフェルは我に返った。
「別におめー…気紛れだ、気紛れ。ただフェリシアの奴らが鋼の力欲しそうだったからよ、オレもたまにはそういう気分になる時だってあんだよっ!礼なんて言うんじゃねー!」
後ろめたいことはしていないのに、なんとなく気恥ずかしくて乱暴に言うと、ロザリアは目を見開いた。
―――ちょっときつく言い過ぎちまったか…?
「いや、わりー。ちょっときつかったか?悪気はねーんだけどよ…おめーに礼なんて言われ慣れてねーから、焦っちまって」
慌てて謝ったが、ロザリアの表情は変わらない。
変わらない、どころではなく、驚きが増したように見える
何も言わないまま、何度かまばたきをした。
―――さっきからオレばっか喋ってねーか?
と、思った瞬間だった。
「ゼ、ゼフェル様?先日、お力を送って下さったのですか?」
「えっ!?」
「ジュリアス様からお話を伺ったものですから、こちらに御礼に参ったのですが…」
「ゲッ…」
状況が掴めないながらも、ロザリアは冷静さを取り戻そうと深呼吸した。
「ジュリアス様が先ほど寮にいらっしゃって…お話下さったのです」
嫌な予感を胸に、彼女に問いかける。
「なんでジュリアスと話したからって、おめーがオレに礼なんて言うんだよ」
「ええと、そうですわね…順序立ててお話致しますわ。ジュリアス様はこのようにおっしゃったのです」
『とある守護聖から聞いたのだが、そなたは試験についてひどく心を痛めているそうだな。私も彼から話を聞くまで、そのことをきちんと考えてはいなかった。考えないようにしていたとも言える。
考えれば確かに非人道的な行為だ。人の…命を奪っているのだからな。全宇宙を統べる女王を決める試験。大きな使命に目を奪われて、大切なことが見えていなかったのかも知れぬ。
下界とは違った環境、時の流れ…そういったものが我々をおかしくさせているのか、それとも一方の女王候補に偏りすぎるあまりに冷静な判断ができなくなっているのか。
いや、言い訳にしかならないな。
考えが足りなかったようだ。すまなかった』
ゼフェルの顔は、恥ずかしさと誇らしさで真っ赤になった。
―――あ…あのヤロー!オレが言ったとかバラすなって言っといたのに!なにが”とある守護聖”だ!バレバレじゃねーか!
「ジュリアス様は、守護聖様方で話し合い、女王陛下に具申してみるとおっしゃいました。陛下のお考えはわたくしなどには分かりませんし、おそらく想像もつかないような深い理由があるのでしょう。でも…わたくし、本当に嬉しかったのですわ。ジュリアス様のお言葉と…ゼフェル様のあたたかいお気持ちが…」
ロザリアの視線は、ゼフェルの顔を捉えている。
挑むようなものではなく、どこか春の日差しのような温もりを湛えて、柔らかく微笑んでいる。
それは、今までに見たことのない微笑みで…見たことのない感情が隠されているような気がした。
「バレちまったらしゃーねーけどよ…あんまり気にすんなよな。オレだって、おめーから話聞くまで考えたことなかったんだからよ…だから…よ…」
モゴモゴ言っていると、突然ロザリアは慌てた様子で口を開いた。
「ところでゼフェル様!先ほどのお話ですけれども、先日フェリシアにお力を送って下さったのでしょうか?」
その剣幕に押されて、反射的に答える。
「お、おう。まーな」
するとロザリアは、勢いよく深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます!ゼフェル様のご好意を無駄にしない為にも、わたくし、育成に励みますわ!」
ではっ失礼いたしますっ!と、彼女は執務室から出ていった。
「いや、別におめーのためにとかそんな…って……もういねーし。なんとなくあいつの顔赤かったような気がすっけど、熱でもあんじゃねーのか?」
ロザリアのハイヒールの音が遠ざかっていくのを聞きながら、ゼフェルはふと思い出した。
あの時、ロザリアはオレに冷たくされて辛かったって言った。
でも、オレの前では感情を出せて嬉しかったとも言ってたよな。
…矛盾してねえか?
ま、今度会ったときにでも聞いてみっか。
いや、そんなことあいつ覚えてねーかもな。
言った言葉全部意味あるとは限らねーし、あの時あいつ興奮してたし。
でもロザリアのこったから、意味ねーこと言わねー気もすんだよな。
……どっちにしてもオレ、考えすぎのよーな。
「あーー!気になりだしたら止まらなくなっちまったじゃねーかっ!!」
この日以降、赤い顔をして照れ笑いのようなものを浮かべているかと思えば、突然真っ青になって独り言を呟き出すゼフェルの姿が頻繁に見かけられるようになった。
そんなゼフェルを心配して声を掛け、さらにゼフェルの顔を赤くさせている少女の姿も。
end
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