なぜわたくしだったのかしら?
そして、なぜわたくしではダメだったのかしら?





―――――答えてください。












1


「ロザリアー!ちょっと待ってってばぁー」
「もうっ!早くなさい!だから早めに用意しておけば良かったのよ」

 アンジェリークとロザリアが女王候補として飛空都市に呼ばれて、三ヶ月が過ぎようとしていた。
 正反対の性格を持つ二人の女王候補は、試験開始後早々に親しくなった。
 幼い頃から女王にと周囲から期待されて、その期待と同じだけの量の教育を受けてきたロザリアではあったが、やたらと見目麗しい上に個性派ぞろいの守護聖達よりは、同年代の女の子の方が接しやすい。それはアンジェリークも同じだったようで、なにくれとなく話しかけてくれた。

 最初の頃は、出会った場所がここでなければ、きっと友人にはならなかっただろう、と少し見下していた。
 そのうち、出逢ったのがここでなければ、きっと友人にはなれなかっただろう、と嬉しく思うようになった。
 そして今は、彼女と友人になれたことに感謝していた。
 ……本人には恥ずかしくてとても言えなかったが。
 ―――自分のペースを乱されることが何よりも嫌いだったのに、なぜかこの子がそうしても許せる…というよりも、わたくし自身を楽にしてくれるのよね。不思議。

 おかしなプライドとは無縁で、素直で、裏表がなくて、何より好意を真っ直ぐに伝えてくれる。
 アンジェリークのような人間を、ロザリアは他に知らなかった。
 少なくとも、これまで住んでいた世界には、自分も含め一人もいなかったように思う。





「も、もうちょっとだけゆっくり走ってよぉー」
 最近になってようやく守護聖達にも慣れてきた二人は、水の守護聖の私邸に急いでいた。
「ダメ!本当に遅刻してしまうじゃない。アンタを置いて行かないだけでもありがたいと思いなさい!」
「ごめんってばー!!ちょっと食べ過ぎちゃったのが良くなかったのよね…」
「そうよっ!大体お茶会の直前にケーキ食べてるのがおかしいのよ!」

 寝坊の心配をしながら少し早めに彼女の部屋に向かい、不安に包まれながらベルを鳴らすときちんと返事があった、までは良かった。
 ドアを開けてくれた彼女に挨拶をしようと顔を見たら、なんと頬に生クリームがごってりとついていたのだ。
 ロザリアは、卒倒しそうになった。

 もう一言文句を言ってやろうとした瞬間、アンジェリークが大声を出した。
「あっ!オスカー様!」
 アンジェリークの声に目を凝らすと、確かに炎の守護聖が歩いてくるのが見える。
 スラリとした長身に、男らしい物腰。自身の情熱的な口説き文句を表しているような赤い髪。それとは裏腹に、どこか薄情そうなアイスブルーの瞳。
「ようお嬢ちゃん達。仲が良くて結構なことだ。俺も混ぜてくれると嬉しいんだがな?」
 片手を上げてウインクをする。
 彼女の脳裏に、彼と初めて出逢った時のシーンが浮かんだ。
 再生しすぎているせいかもしれない。


 飛空都市に来て二日目のことだった。

 その時、ロザリアは不覚にも目を奪われた。
 オスカーは、ロザリアが幼い頃から思い描いていた『王子様』そのものの容貌をしていたからだ。
 思わず見とれてしまっていた自分に気が付き、慌てて挨拶をしたロザリアに向かって、オスカーは微笑んだ。
「そんなに緊張しなくていい。蒼い瞳のお嬢ちゃん」
 お嬢ちゃんと呼ばれるのは心外だったが、優しい言葉をかけてくれたことは嬉しかった。

 ―――――なんて素敵な方なのかしら。

 遊びに来ているわけではないことは、わかっていた。
 宇宙を統べる女王を選ぶための試験。その重大さと自分にかかっている責任も理解しているつもりだった。しかし、胸の高鳴りは激しくなっていく一方で、ロザリアはそんな自分の気持ちに戸惑った。
「たった一度や二度の挨拶じゃ、互いのことはわからない。そう思わないか?」
 オスカーの声は低く、魅力的だった。
「はい…オスカー様。仰る通りですわ。ですが…」
 続けようとしたが、オスカーが強引に割り込んだ。
「俺のことを知りたいなら歓迎させてもらおう。…そうだな、手紙を一枚寄越してくれさえすれば、俺の夜はいつでもお嬢ちゃんのものだぜ?」

 この瞬間『王子様』は『王子様』ではなくなった。

 ―――――理想と現実って違うものね。

 こっそり溜め息をついて、失礼にならない程度に早めに話を切り上げようと、ロザリアは思った。…思ったはずだった。
 この後ロザリアは、夢の守護聖の執務室に挨拶に行く予定を組んでいた。
 それなのに、長々と立ち話をし続けて、切り上げることができなかった。
 そんな自分に驚いている中で、さらにカフェに誘われて二時間も居座ってしまった。

 帰宅してベッドに入ってからも、オスカーの姿はロザリアの目に焼き付いて離れようとしなかった。
 肉体も心も、執拗に確認を求めてくる。
『これが恋というものなのでしょう?』
 それを否定する気力も起きないほど、圧倒的な感情がロザリアの中で脈打っていた。
 女王試験中にも関わらず、こんなに簡単に…それも守護聖に恋をしてしまった自分を恥じながら、その日は眠りに就いた。



「いつもそんなことばかりおっしゃってるんだから…オスカー様ったら」
「おやおや、金の髪のお嬢ちゃん。何かご不満でも?」
 アンジェリークは、やや乱暴にフイと顔を背けた。
「いーえっ!別に不満なんてないですっ」
「もしかしたらお嬢ちゃん、やきもちってやつを焼いてくれてるのか?」
 気障に髪を掻き上げる。
「なに言ってるんですか!?」
 突然声を張り上げたアンジェリークに、ロザリアは驚いた。
「ねえ、アンジェリーク。…どうしたの?」
 それには答えず、アンジェリークはロザリアの手をとった。
「ああ、急がなくちゃ!ロザリア、行こ」
 突然引っ張られて蹌踉ける。
「ちょっ、ちょっと!いきなり引っ張らないでよ。オスカー様、申し訳ありませんがご覧の通り急いでおりますの。では失礼致しますわ」

 ロザリアが視線をオスカーに向けたその一瞬を、アンジェリークは見ていた。





 お茶会には、なんとか間に合った。
 心優しく、常に女王候補の自分達を気遣ってくれるリュミエールの悲しむ顔は見たくなかったので、安堵のあまり大きな溜め息が出た。
「ホントに良かったわ。リュミエール様にはいつも微笑んでいていただきたいもの」
 アンジェリークがポツリと漏らしたのを聞いて、ロザリアは思わず微笑んだ。
 しかし、だったらもっと早く用意しておいてほしかった、と言っても仕方がないであろう考えが、また頭に浮かぶ。

 もう一度きちんと注意しておこうかと、ロザリアは居住まいを正し、アンジェリークを見る。そして、ロザリアは拍子抜けした。アンジェリークは満面の笑顔ではしゃいでるのだ。
 先ほどは機嫌が悪そうに見えたアンジェリークが、いつも通りに楽しそうにしているのを見ていると、いつまでも同じことで怒っているのがバカらしくなった。

「アンジェリーク、アンタ機嫌直ったの?」
 クッキーを頬張っていたアンジェリークは、ようやく飲み込んで不思議そうに聞き返した。
「機嫌…?機嫌悪かったのはロザリアじゃなーい!ちょっとケーキ食べてただけなのにー!」
「…そりゃ悪くもなるわよ。そうじゃなくて、ほら、ちょうどオスカー様とお会いしたくらいの時よ」
 そう言うと、アンジェリークは少し困った顔をしてから笑顔を作った。
「そうだったかしら?急いでいたからよく覚えてないの。…そう見えてたなら、ロザリア、不愉快だったよね?ゴメンね」
「謝らなくていいわよ。わたくしが勝手にそう思っただけなんだから。それに、わたくしには別に…」

「ちょっとー!二人でばっか話してないで、僕たちともおしゃべりしてよー!」
 マルセルが口を尖らせて、話に割り込む。
 退屈でお茶ばかり飲んでいたのだろう、彼のティーカップはすっかり空になっていた。
「マルセル、女王候補のお二人が仲良しなのは、とても良いことではありませんか?」
 リュミエールがハーブティーのおかわりを持って、庭に降りてきた。
「でも、マルセルがお二人とお話をしたい気持ちはよくわかりますよ。アンジェリーク、ロザリア、私達ともお話をしていただけますか?」

 アンジェリークとロザリアは慌てて首を縦に何度も振って、非礼を詫びた。
 その様子がかわいらしいとマルセルがニコニコしながら言って、二人を赤くさせた。

 こうして、お茶会は和やかな中終わった。









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