空が青い。
隣の少女の髪も蒼い。眼も蒼い。
だから何だ。
ゼフェルは自分の阿呆な思考を心底呪って溜息をついた。
彼女――ロザリアは、きっと今日ゼフェルがいったい何を告げようとしているのかわかっていない。今日ま
でさんざん醜態をさらしたが、それがこういう意味と繋がるのだとは思っていない。賭けてもいいが絶対わ
かっちゃいないんだ!
ちくしょう。泣きてぇ。
今までにも自分の無力感に苛まれたことはあったが、それは守護聖としての自分であって、悩みもそれなり
にシリアスだった。けれどこの無力感はむしろオスカーやオリヴィエがにたにた笑って賭け金を口に上らせる
に相応しい無力感だった。ちっともシリアスじゃない。
いや、別にシリアスにしてぇわけじゃねぇんだけど。
いちいち自分の思考に突っ込んでいるのは現実逃避だ。わかっている。わかってはいるが、逃げたいのだ。
ロザリアはいったいどういうわけか、ゼフェルには何やら深刻な悩みか重大な問題を抱えているという設定
で、今日はその相談をロザリアにするのだと思っている。思い込んでいる。まったくの勘違いだ。
この勘違いはお嬢さまという人種の特徴なのか、それともロザリアの特性なのか、はたまたどこかの暇を持
て余した阿呆な守護聖たちの悪戯なのか、ゼフェルにはわからない。わからないが、腹が立つのでオスカーと
オリヴィエのせいにした。まさかランディではあるまい。あの脳天気な熱血野郎はきっとゼフェルが悩んでい
ることにすら気づいちゃいないだろう。
よし。やっぱりオスカーとオリヴィエだな。
納得してゼフェルはひとり頷いた。隣でロザリアが真剣な面持ちでゼフェルを見つめている。
「ゼフェルさま……」
納得している場合ではなかった。
「あー……いや、何でもねぇんだ。その……ロザリア……」
ゼフェルはまっすぐに向けられたロザリアの視線にたじろいだ。
だからそんな変な悩みなんかねぇんだよ!
思ったが口にはできない。だったら何だと聞かれると困るからだ。
しかし、そこで困っても最終的には言わねばゼフェルの問題は終わらないのだ。たしかにこれも深刻な悩み
ではあるのだから。
ロザリアを見れば話しかけたくなる。話せばそこから離れるのが惜しい。笑わせることができたら嬉しい。
日に日に症状は悪化して泥沼にはまるばかりだ。最初は鼻持ちならない女だと思っていたのに、いつの間に
かこんな風に特別になってしまっていた。
ロザリアの眼が好きだ。まっすぐに見つめて何があってもそらさずにいるその眼が。
ロザリアの性格も好きだ。媚びず卑屈にならず、背をのばして誰にも負けないという気迫が。
ロザリアの指も好きだ。ヴァイオリンを弾くときも、アンジェリークに手を貸すときも、優しさに溢れてい
て。
「ゼフェルさま?」
ああ、くそっ! 考えるんじゃなかった。
バカみたいに顔が熱い。誰が見てもどう見ても口を揃えて同じ言葉を言うだろうに、目の前にいる少女だけ
はわかっていないのだ。
ゼフェルの感情の振れ幅が一番大きくなる原因は、自分がどんな影響を男にもたらすかなど一度だって考え
たことはないのだ。絶対そうだ。
顔近付けんじゃねぇ!!
言いたいが、やましくて言えない。経験値が足りないのは重々承知だが、今は何を払ってもそれがほしかっ
た。
「あ、そういえば……」
唐突にロザリアが折り畳まれたメモを取り出した。
「こちらに来る前にオリヴィエさまからゼフェルさまに渡してほしいと、預かったんです」
訝しく思ったが、ひとまず問題を先送りにできたことに安堵した。先送りにしても何も変わらないのだが。
「あ? 何だこれ」
メモには各守護聖とアンジェリークの名前が並び、その横には数字がずらりと書かれていた。メモのいちば
ん下にオリヴィエの字で一言。
――残念会はPM8:00にルヴァの家で。
「アイツら!」
「何でしたの?」
いったいどこから今日の予定が漏れたのだ!?
つーかコレはアレか!? アレだな! 賭けてんな!
人畜無害なツラした奴らも、普段は風紀を乱すなとうるさいキンキラ野郎も、興味なんか何もねぇとばかり
にスカした男も賭けてやがる!
しかも、教育係という肩書きを持つ男でさえも。
ゼフェルは怒りにまかせて紙を丸めて捨てた。悪態をつきながら丸めた紙を踏み付ける。
「あの……ゼフェルさま……?」
ロザリアの言葉も素通りしていくゼフェルは、肩で息をつきながら少しだけ冷静になって考えた。賭けが成
立しているということは、賭けの内容まではわからぬまでも、あのリストの中の何人かは成就するようなこと
に賭けているのだ。
オリヴィエとオスカーは絶対に我先にと残念会とやらの用意をしているに決まっている。今ごろゼフェルを
ネタに談笑――いや、失笑しているかもしれない。残念会のあかつきには、高笑いが止まらぬに違いない。賭
け金の戻りが些少であっても。
ゼフェルはその様子を脳裏に描いて、口端で渋く笑った。ロザリアが目を丸くして見ている。
そうはさせるか!
賭け金全部没収してやらぁ!
「ロザリア!」
ゼフェルはずずいとロザリアに近づき、気合の入った眼をまっすぐに向けた。ロザリアの手を握りしめたの
は無意識だった。
「あ、あの……ゼフェルさま……」
とまどって赤くなるロザリアを見つめて、ゼフェルは言い出せなかった一言を舌に乗せた。
もはやゼフェルの意識は悔しがるオリヴィエとオスカーに飛んでいた。