大団円の片隅で



 それぞれの複雑な思いを胸に秘め、見事皇帝を討ち果たしたアンジェリーク・コレット一行は、無事聖地へと帰還した。

 宮殿内では平和を祝う宴が催され、演奏されてる円舞曲が緩やかに流れていた。

「一曲お相手願えませんか」

 そんな中、突然の申し出を受けて、青いシフォンドレスに身を包んだロザリアの瞳が驚きで見開かれる。

 長身の男が手を差し出すと、ロザリアは躊躇いがちに手に手を重ねていた。

 そのままホールの中央へ誘われ、向かい合うと同時に男は端整な顔に薄い笑みを浮かべている。

「オスカー・・・」

 ロザリアは男の名を呼んだ。

「今夜だけ君を俺に独占させてくれないか?一緒に、踊って欲しいんだ」

「え、ええ。ですが・・・」

 大貴族の令嬢として今までさまざまなパーティーに出席し、華やかな社交を繰り広げてきたロザリアにとっては、教養の一つとしてダンスレッスンも受けてきてはいるのだが、ただ、あまりにも突然のお誘いだったから。

 しかも、思いもよらぬ相手から、だ。

 ロザリアは周りの視線を意識し、自分に集中されてるのでは、と頻りに周囲を気にしたが、どうやらそれは杞憂に終った。

「女王陛下もアンジェリーク・コレットも、それぞれ意中の相手とお楽しみのようだぜ?」

 耳元で囁かれる声音は蠱惑的で、それはロザリアの中で甘い毒となる。

 盛られた毒は身体の隅々に染み渡るように広がっていき、徐々に犯していく。

 ロザリアは内心の動揺を悟られぬよう、曲に乗せて足を運び、オスカーと共に軽やかに踊ってみせた。



* * *



 次第に曲の旋律が官能を帯びてきて、オスカーの手がロザリアの背中や腰の辺りを撫でてるのに気が付いた。

 薄布のドレスによって際立つ体の曲線などに骨ばった指先が行き来されると、それだけでもロザリアは気恥ずかしくなってしまう。

 這うような繊細な指の動きと、いやらしく絡み合うような足の絶妙な動きに、ロザリアは半開きの唇から吐息を漏らしていた。

 回される手は熱っぽくて、嫌でもその事を凄く意識してしまう。

 自分自身のペースが・・・乱されて崩されていく・・・。

「最高に色っぽいぜ、ロザリア」

 オスカーはロザリアを抱き締めていた。

「きゃっ、オスカー?」

「しー、静かに。折角の盛り上がりの場面で声を荒げちゃいけないな。ムードが台無しだぜ?それに、これはそういう踊りだっただろう?」

「あ・・・」

 そうだった。

 わかってた筈なのに、変に意識し過ぎた自分がなんだか恨めしい。

 意識するな、というのが無理な話だったのかもしれないが。

 何故なら、女王候補時代から密かに恋焦がれていた相手だったのだから。

 その相手とこんなにも肌を密着させて、情熱的な踊りを披露しているのだから。

 ロザリアは恥ずかしさのあまり、目の前の瞳を直視出来ずに俯いてしまった。

 胸の奥がきゅっと締め付けられるように、熱い。

 吐き出される息も、とても熱かった。

 肌と肌が触れ合う部分も依然熱を帯びていて、ロザリアの心臓の鼓動は高まったまま収まる事を知らない。



 ―――嫌、ですわ。もうわたくし、駄目・・・。



 唇と唇が触れ合いそうなくらい距離が近過ぎる。

 とうとう息も荒くなってきて、呼吸までもが苦しくなってきた。

 自分が自分でなくなりそうな感覚に、オスカーによって与えられた甘い猛毒に身体中が疼いてもう力が入らない。

 男の方から漂ってくる香水の力強くもほのかな妖艶な香りに鼻腔がくすぐられ、完全に五感を奪われてしまい、気が付くとオスカーを押し退けて、ホールの隅に逃げるようにロザリアは佇んでいた。



* * *



 踊る人ごみを掻き分けながら、すぐさまオスカーがこちら側に歩み寄ってきた。

「俺とのダンスはお気に召さなかったようだな」

 苦笑を浮かべるものの恭しくロザリアの白い手を取り、その甲に唇を落としていた。

「い、いいえ、違いますわ。踊る前に口に含んだワインによって、わたくし今頃酔いが回ってきてしまいましたの。・・・ですから、オスカー、お気を悪くなさらずに」

「ワイン、か。君にはまだ大人の味は早かったかな?」

「・・・なっ!わ、わたくしはもう子供じゃございませんのよ!立派なレディなんですから!」

「『子供じゃない』、という台詞は本物のレディは口にしないもんなんだぜ」

 やや挑発が込められた笑い声に、ロザリアはお腹の中がカーッと熱くなるのを感じた。



 ―――オ、オスカーに、侮辱されている!



 流石にもう『お嬢ちゃん』とは呼ばれなくはなったけれど、それでもまだ子供扱いされてるのが良くわかる。

 ロザリアは、オスカーにもう大人なんだって、もう一人前のレディなんだって認めさせたかった。

 いつまでも子供扱いされたくなかった。

「じゃあ君がレディだと言い張るなら、もっとこちらに唇を寄せてみてくれないか?・・・そうだ、もっと俺に近付けるんだ」

 オスカーの手に力が入り、ロザリアの腕を掴んでいる。

 ロザリアは戸惑いながらも自分自身の蒼い瞳とオスカーのアイスブルーの瞳を重ねていた。


「・・・っ!」


 が、次の瞬間、あっという間にその唇は奪われる。


「ん、や・・・あ・・・」


 それは激しさはない、優しい優しい唇の感触だった。

 心地良い悦びにロザリアの背中は電流が流れ、頬さえも薔薇色に染まってしまう。

 オスカーの視線と交差すると、射抜かれたような恍惚とした痛みを何処かで感じ取れた。

 先にオスカーの方が唇を離すと、吸い込まれそうなくらい真っ直ぐな瞳でロザリアを見つめてくる。

「・・・その瞳が、その唇が、その声が、ロザリアという存在全てが狂おしいほど俺を誘惑してるなんて、君は気付いてなかっただろう?」

「オスカー、貴方・・・」

「ロザリアは素敵なレディだぜ。俺の男としての本能が・・・激しく脈打つように痛んでしまうほどに、な・・・」

 向けられる眼差しは、何かを誘ってるかのようにも思えてしまう。

「本当は一曲と言わず、今夜だけと言わず、ずっと君の事を独占していたいんだが・・・。だけど、何故か君は俺を恐れてる。違うか?」

「それは・・・」

「いや、何も言わなくていいんだ。わかってる」



* * *



 オスカーは思った。

 確かに、彼女が自分に対して好意を寄せてる事は女王候補時代からも良く伝わってきていた。

 あの強い意思を物語る蒼い瞳が、時折熱くこちらを見つめている。

 けれど、見つめ返すとすぐに逸らされて、冷たくなる。

 今のロザリアは華麗なレディには違いないが、先程の反応を見る限りではまだ手が出せそうにない。

 このお姫様の場合は、時間を掛けてでもゆっくり落としていく以外他にないだろう。

 しかし、逃す気はない。

 逃さない、絶対にこの愛を。

 数多くの恋愛は重ねてきたけれど、『本物の愛』に対しての経験値はあまりにも足りてなかったんだ、とオスカーは一人ごちていた。

「心底惚れさせて、このオスカーを夢中にさせた報いはたっぷり受けてもらうぜ?ロザリア」

 オスカーはにやりと笑い、ロザリアを抱き上げていた。

 不意に身体が宙に浮いたもんだから、ロザリアは気が動転してしまうが、オスカーは余裕の笑みを見せている。

「まずは、初歩的なスキンシップから始めないとな。君は女王候補時代からそうだったが、俺がちょっと触れただけでも身を固くして拒絶してたからな。せめて、俺だけに対する恋の免疫を少しでも付けてもらわないと駄目だぜ」

「ちょ、ちょっと、降ろして下さいませー!」



* * *



 夢のような祝宴はどうやら明け方まで続きそうだ。

 結局、夜空が望めるバルコニーで、ロザリアは月明かりに照らされたオスカーの横顔を見つめながら、遠くから聞こえてくる哀調を帯びた曲のフレーズに身を任せていた。

 オスカーの腕はロザリアの肩に静かに回され、ただ何をする訳でもなく、この散りばめられた星空を眺めながら、改めて今ある平和への思いと、ただそこに在る愛しい人への大切な想いに酔い痴れていた。











end






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CRESCENT MOON様のサイト開設五周年記念作品をいただいてまいりました!
直接的な表現はないものの、漂うセクシャルな雰囲気…というか…エロいよ!オスカーったらエロいよ!対するロザリアは、とっても純情でかわいらしく、それがまた嬉しい!
「いや、何も言わなくていいんだ。わかってる」
…この台詞が好きです。チクショウ…エロいかと思えばかっこいいじゃないか…!
これからの二人が辿ることになるだろう幸せな道が見えるような、素敵なお話をいただくことができて、大変嬉しいです。パフェさん、ありがとうございました!






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