ハングリー・ドッグ


 以前なら別段不満のなかったパーティーだが、いまはそれほど楽しみでもない。女性が自らを美しく飾り立
てている姿をきれいだと思う心はまだ残ってはいても、それにひかれて話しかけることもなくなった。
 女王試験の息抜きにと開かれたパーティーで、簡略な挨拶がすむと早速オスカーは幾人かの女性に囲まれ
た。彼女らにつきあっていくらか言葉をかわすが、彼の視線は抜け目なく目標の人物を探している。
 溢れるような人ごみのなかで、ただひとりの人物を探すのは容易ではない。しかし探しているのは何百人と
いう人がいようが埋もれていてはくれない女性だ。
 案の定、多くの男の視線を華奢なからだに一身に受けていた。あわよくば声を掛けよう、ダンスを踊ろうと
いう男どもの思惑が遠くからでもうかがえる。まったく油断のならないことだ。
 彼女の位置を把握するとオスカーはとりまく女性らを如才なくあしらってその場をあとにした。都合よく近
くに同僚がいる。彼の方へと足を向け、途中で軽めのアルコールを手にする。
 フラッシュピンクの前髪の男があっちはいいのかと聞いてきた。あっちがどこを指しているのか知らない
が、いいんだと返しておく。
「陛下へ挨拶……は、まだあとでいっか」
 女王のまわりは挨拶をしようとひとびとが集まっている。女王補佐官も同様に囲まれているが、こちらは雰
囲気が少し異なっている。
「あ〜あ。また、みんな鼻のしたのばしちゃってぇ。ロザリアも大変だねぇ」
 最後の呟きはロザリアではなく、隣にいるオスカーへ向けられていた。それに肩をすくめてアルコールに口
をつける。
「ま、せいぜいそこで強がってな」
 捨て台詞ともとれる言葉を笑って言い、オリヴィエは空腹を満たすためにテーブルへ行ってしまった。これ
でほんとうに捨て台詞となった。
 これほど早くオリヴィエが離れるとは思っていなかったオスカーは、これでは女よけにはならないではない
か、と予定外の事に渋面になる。捨て台詞は大人の男らしく聞き流しておいてやる。鳥相手にムキになっても
しょうがない。
 ああ、ほらきやがった。ひとりになったオスカーに近づこうとしている女性らの動向が目に入る。思わず眉
間のしわが深くなった。しかしすぐにそれは笑顔になって、今回の試験の主役のふたりを迎えた。女王候補が
相手となれば他の女性も迂闊に近よっては来ない。大歓迎だよお嬢ちゃんたち。
 にわかに浮上した気分でドレスと一緒に彼女ら自身をほめると、少女たちは嬉しそうにはしゃぎながら頬を
染めた。かわいらしいものだと、まるで兄のような気持ちになって見つめる。
 彼女たちと変わらない年頃の少女には、いくつのガキだよと思うほど独占欲を掻き立てられるというのに。
彼女たちにはあっさりしたものだ。欲情などもちろんしない。
 思わず彼女の方に目がいくと、いったいどういう法則なのか彼女も振り返った。お互いに軽く目をみはっ
て、次には恋人特有の甘い視線をかわす。
 一瞬のことだったがもちろん気づいた者もいた。そういう者らは当てられて顔を赤くしたり、見なかったふ
りをしたり、さまざまである。
 女王候補のふたりも目撃したらしく、ひとりは顔を赤くして、ひとりは呆気にとられている。ああ、すまな
かったねお嬢ちゃんたち。くっくっくっと大きな声で笑い出したいのをこらえてウィンクすると、今度はふた
りとも真っ赤になった。
「こらこら、純情な女の子たちをタラすんじゃないよ」
「ひとぎきの悪いことをいうなよ」
 はいはい、あんたがタラすのはひとりだけだもんね、との褒め言葉をありがたく頂戴してオリヴィエの皿を
のぞきこむ。
「旨そうだな」
「やらないよ。あっちにあるから自分でとってきな。あんたたちも早く食べないとなくなっちゃうよ」
 女王候補のふたりは顔を見合わせてうなずき合い、ドレスの裾を翻してテーブルへと寄っていく。その姿を
やはり微笑ましく見つめる。オスカーさまにも何かとってきましょうかという言葉は丁重にお断りした。
「腹へってたんじゃないの」
 そういうわけではない。ただ料理が旨そうに見えただけだ。
 あいにく今日はパーティー自体が前菜なのである。ここで腹を満たしてはメインが美味しくいただけない。
「……さいあく。聞かなきゃよかった」
 眉間にしわよせて、えいっとばかりにオリヴィエはカクテルを呷った。どうやら意味を正しく理解してくれ
たらしい。惚気た甲斐もあるというものだ。
 再び女王陛下と補佐官に目を向けるが、ひと数は減っていない。彼女たちの飲み物がアルコールでないこと
を確認して、やはりその場にとどまった。今日は無難にすごせそうじゃないか?
 ガキじみた嫉妬に振り回されるのはごめんだ。惚れた女の前ではキメておきたいじゃないか。そうだろ?
 胸中で独白し、グラスを取りかえる。アルコールの度数の低いものをわざわざ選んでいるのは、もちろん食
前酒のつもりだからだ。メインを美味しくいただくための努力。いじましいな俺、と思わないでもない。だが
彼女は笑って俺が努力した分だけ誉めてくれるだろう。だからいまも号令が下るのをここでおとなしく待って
いる。躾がいいんだよ俺は。
 やがて女王候補のふたりがデザートを両手にほくほくと戻ってきて 、ストロベリーソースのアイスクリーム
やら、チョコレートケーキやら、前菜もメインもすっ飛ばしてデザートを楽し気に食べはじめた。
 その様子にふとメインディッシュではなく、デザートなのかもしれないと思った。オスカーの益体もない考
えを見抜いたわけでもあるまいに、オリヴィエが胡乱な目を向けてくる。
 さりげなく視線をそらすと再び彼女と目があって、待ちに待った号令が下された。三人に断りをいれ、足早
にならないように注意を払いながらフロアを横切る。ご主人さまの前でみっともない真似はしたくないのさ。
 ロザリアをまっすぐ見つめながら、さっきみたストロベリーソースのアイスクリームを思い浮かべた。実に
美味しそうに見えたのは、きっと彼女を思い出させたからに違いない。
 ロザリアの目は自分と同じで恋の熱にうかされた者の目をしている。いますぐにでも食べてしまいたいくら
いだ。表面上はともかくも、俺は内心では彼女のストロベリーのような赤い唇をいまかいまかと舌舐めずりし
て待っている。
 腹をすかせた俺はロザリアと目配せあってこのあとの段取りを確認した。できうる限り早くこのパーティー
から離脱すること。そして屋敷に帰って改めて食事を。
 完璧な動作でロザリアの前に立つと、たおやかな手をとってその甲に口づけた。怯むとりまきの男たちに腹
の底から笑いがこみあげてくる。噛みついたりはしないから安心しろよお前ら。噛んでもお前たちはマズそう
だしな、とつけ加えて背を正す。彼女はきれいに微笑む。そんなおいしそうな顔は俺だけの前にしてくれよ。
苦笑が伝わってくれるといいのだが。
 とにかくこのあと出される料理がメインであってもデザートであっても、俺は最後まで美味しくいただくつ
もりだ。躾はいいって言っただろ?



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「躾はいいって言っただろ?」
・・・キャーカッコイイ!オスカー様ァ!思わず虜になりそうになっちゃいましたよ!
本当にこのオスカーはとっても素敵。そして、オリヴィエへの鳥呼ばわりが楽しいです。極楽鳥ではなく、鳥。鳥て!
コレットとレイチェルの描写も好き。二人が笑いさざめいている様がかわいいです。ラブいです。
パーティー自体が前菜で、メイン(もしくはデザート)が彼女。上手いこと仰いますなあオスカー様!
ストロベリーなロザリアの唇も最高です。お洒落で色っぽいお話に、思わずこちらも頂戴しちゃいました。

ごっそり頂いちゃってスミマセン。ただいまわたくし、コレットとレイチェルのようにほくほく顔でございます。