【双子座】 好奇心旺盛で頭の回転が速い 移り気 熱愛中も冷静な自分を失わない 地下に進めば進むぼど、カビくさい古書の匂いが強くなる。 利用する人数を考えもしないで、古今東西、宇宙中の本をやみくもに押し込めた此処にくると、オレはその効率の悪さが目に付いてうんざりしてくる。 1階の受付で欲しい本をデーターベースから探して、あとはロボットなんかに取ってこさせるシステムにすりゃーいいのに。 この飛空都市の図書館の司書や此処の主状態のルヴァに、オレは何度かこの案を言ってみたが、 「自分の手で本を書棚から取るのが楽しいのですよー。それに探している本以外にも面白いものを見つけることも多いですしね」 と、<探している本以外>を山のように抱えて、当初の目的を見失っていそうなルヴァが断りをいれてくる。 地下何階にも続く本のジャングルのようなこの場所で、いつかルヴァが迷って出てこれなくなるのではないかと オレは結構本気で考えていた。この図書館はそのぐらいに広かった。 そんな事を考えながら、目的の地下6階へと降りていた俺は、地下の4階で立ち止まった。 書棚の影から、髪の毛がはみ出しているのが見えた。 そこに誰が居るのかすぐにわかる。髪型のセットにどれだけ時間をかけているのかしらねぇが、くるくると巻かれた青い髪。 この隙ってものが感じられない髪を一度崩してみたいとオレは思っていた。 女王候補のひとり、ロザリアだ。 そして挨拶のひとつもしてやろうと近づいたオレは、とびきりの<面白いもの>を見つけた。 ロザリアは分厚い本と黄色のノートを重ねて持ち、立ったまま本を読んでいた。 その様子をみてオレは喉の奥から笑いがこみ上げた。 「ゼフェル様。どうなされましたの? 」 オレに気かついたロザリアが、口をヒクヒクさせて笑っているオレに怪訝そうに声をひそめて言う。 どうせオレ達以外は誰もいねぇのに図書館だからといって小声で話のもバカバカしいので、オレは普通の声の大きさで返した。 「おめー、本を読みながら金魚みてぇに口がパクパク動かすのクセか? 」 言葉に出していうと、ますますオレは可笑しくなってきた。 わたくしこそ完璧な女王候補だと自分で言い、髪型まで隙をみせないこの女に、こんなガキみたいなクセがあるとは。 ロザリアは慌てて本を閉じると、それで口元を隠した。コイツが動じる姿を見るのは初めてだ。 その本のタイトルに詩集と書かれているのを見て、オレはますます笑いがこみあげてくる。 作者の”セイラン”って奴がどんな詩を書くのかは知らねぇが、こんなロザリアが見れたのだからオレ的には充分に傑作だ。 「そんなにどっぷり世界にはまって詩集なんて読んでたのかよ。さすが完璧な女王候補さまだ」 怒っているのか恥ずかしいのか顔を赤くしたロザリアがオレを上目づかいで睨む。 「この作者はまだ無名の方ですけど、すばらしい詩を書かれますのよ。ゼフェル様も読まれるべきだわ。 世界が広がりますわよ」 相変わらずのヒソヒソ声でロザリアは言った。オレは必要以上に大きな声で答える。相性が悪いのか、コイツといると 無意味にそんな反対のことがしたくなる。 「オレはそんなものを読む趣味はねーよ。だいたいこの場所の埃っぽさから推察して、そんな本を引っ張り出して読んでいる暇人は おめーだけだってわかるだろ」 自分でいった言葉ながら、全くもってそう思えた。ここにはロザリアが持っているもの以外にも沢山の蔵書が納められているが、 手をとる人間がいないので本の墓場も同じだった。溢れすぎていて読みたいという気さえおきない。 ロザリアは傷ついたような顔を一瞬みせたが、オレの方にずいと一歩踏み出した。 「挑戦してもない内から諦めるなんてよくありませんわ。一歩踏み出したら面白いことには色々出会えますのよ。 わたくしもゼフェル様から教えていただいたことで、今まで不勉強だった科学技術に関する興味も持ちましたし ―――物事はためしてみないとわかりませんわ」 ロザリアは詩集ではなく、黄色のノートの方をオレに押し付けるように渡してきた。薄いノートだ。 強引な奴。 オレはロザリアとこうして喋るようになったきっかけを思い出した。オレの作った機械に興味を持って、それで色々と 質問をしにくるようになったのだ。最初は面倒なことこの上なかったのだが、そのうちに自然とコイツに構うのが当たり前のようになっていた。 オレは渡されたノートをめくった。セイランという野郎の詩の模写だろうか、そこには読みやすいがオレには少し取っ付き難く感じる流暢な文字で、一遍の詩が書かれていた。 ふざけて口をパクパクとさせながら、それを読んでみる。 タイトルはフェリシア。ロザリアが育てている大陸と同じ名前。コイツがこの詩を選んで模写した理由がわかった。 こういったものには縁がなかったが、こいつはなかなか――― 「いい詩じゃん」 パクパクするのを止めて、オレは素直に言っていた。 そのオレの言葉にもっと勝ち誇ったような顔をしやがると思ったのに、ロザリアは驚いたようなに瞳をまたたかせると、嬉しそうに 笑った。オレは胃がギュッとつかまれたような気分になった。 図書館から帰る道すがら、ロザリアはオレにある計画を打ち明けた。 「女王試験もそろそろ後半ですわ。この試験が終わったらフェリシアに今ほど深く関わってはいられませんわね。 わたくしの手をはなれて、自分達だけの力で歩きはじめてこそ、初めてあの大陸が真の幸福を手にいれられるのですわ」 淋しさの色もみせずにロザリアはそう言う。 こういう突き放す事がいえる奴は誤解されやすいだろうと、オレは他人事のように考えた。 どれだけコイツがフェリシアを大事に思っているかをオレはわかっているつもりだ。 ロザリアは毎日のように王立研究院に通っている事を知っている。 「それでわたくし―――フェリシアに詩を贈りたいと考えましたの。幸福への願いと希望がひとりひとりの民の胸に届き、 わたくしの手を離れた後もフェリシアに伝わり励ますことが出来る、そんな詩を」 あの図書館での口パクパクが、こんなスケールの大きいことに結びついてるのかよ。 女王教育を子供の時からしてきたのは聞いていたし、だからそのせいかもしれねぇけど、ロザリアとオレは同じ年だというのに考えることに差を感じる。 そういや、もうすぐコイツも誕生日だ、とふいに思い出した。ロザリアはオレと誕生日が割と近いから 自然とその日を覚えてしまっていた。 「確かにあのセイランって奴の詩は結構よかったと思うけどよ。あれをあのまま使う気か? 」 確かにあれはいい詩だと、そんなものに興味のねぇオレでも思ったけど、ロザリアがしたいことを考えればパンチがまだ足りないとオレは思った。 「―――セイラン?セイランの詩をゼフェル様はご存知でしたの? 」 ロザリアが、生まれて初めてサルをみたくらいに驚いた顔でオレを見る。 バカにされてるみたいで、軽くイラつく。 「お前がさっき見せたのがそうじゃねーのか。あの黄色のノートの”フェリシア”って奴」 クスっとロザリアは笑った。こんどは悪意は感じなかった。 「あの詩はわたくしが書いたものですわ。本当はまだお見せできるレベルではない未完成作ですけれど…… でもゼフェル様に褒めていただけたから、もっとやる気が出てまいりましたわ」 ロザリアが両の拳を握りしめて言った。そうと知らずにコイツに面とむかって詩を褒めたことが急激に恥ずかしくなってきた。 「さっきはおめーが書いたなんて知らなかったんだよ」 「わたくしが書いたとは知らずに下さったお言葉なら、素直な感想ということで余計に嬉しいですわ」 ロザリアは、今度は勝ち誇った笑顔で答えた。さっきの図書館で見せた・・・こいつにしては可愛い顔が嘘だったみたいにふてぶてしい態度に、ようやくオレも調子を取り戻して言ってやった。 「・・・・・・張り切るのはいいけどよ、図書館で口をパクパクするのはだけはやめた方がいいぜ。フェリシアの連中には 天使様なんだろ、いちおう」 「そうですわね。現在フェリシアに一番満ちている力が、図書館で大きな声でお話するマナーの悪い守護聖様の力、なのは 考えないといけませんわ」 ―――それから数日、本当にロザリアがオレに育成の依頼に訪れなくなったかわりに、たまたま偶然に図書館の地下室で ロザリアと一緒になる時間は増えていった。 ロザリアの詩”フェリシア”は日に日に良い出来栄えになっていた。その詩からはみなぎるような生命力を感じた。 結構ロザリアは頑張っているみてぇだし、気が向いたオレはフェリシアに鋼の力を少し送ってやった。 オレは前よりもずっとフェリシアの事を考えるようになっていた。 金の曜日がきた。 明日と明後日は執務が休みだ。その開放感があってオレは機嫌が良かった。 廊下でもうひとりの女王候補のアンジェリークが反対側の廊下から歩いてくるのが見える。 アンジェリークもオレと同じような気分だったらしく鼻唄を唄っていた。 オレがガキの頃に唄ってもらった記憶のある単調なメロディのバースディソングだ。 オレに気が付いて鼻唄をやめたアンジェリークが”こんにちわ、ゼフェル様!”と挨拶をしてすれ違ったあと、 つられるようにオレはアンジェリークが唄っていたのと同じ曲を口ずさんでいた。 「バースディ〜バースディ、トゥディ〜〜」 ロザリアの誕生日は来週の水の曜日。あのフェリシアの詩もそろそろ完成するハズだ。 明日図書館に行く前に、公園で祝いの品でも探してやっか。 そんな事を考えながら執務室に戻ると、扉の前でロザリアがオレを待っていた。 「悪りぃ、待たせたみたいだな。フェリシアの育成か? 」 ロザリアはオレの口元をじっとみつめていた。バースディソングを唄っていたせいだ、とすぐに思い当たる。 今だけそんな事をしていても不自然でないキャラをしているアンジェリークやマルセルになりたい気分になった。 ロザリアの誕生日だから唄っていたというのと、自分の誕生日が近いから歌っていたというのと、誤解されるなら どっちがマシかをオレは考えた―――が、答えがでるはずもなく、でたとしても意味もなく、数秒の沈黙が起きた。この状況があと3秒続いたら 逃げ出そうとカウントを始めたところに、ロザリアが夢からさめて目の前のオレに気が付いたみたいな・・・なんか そんな態度でこう言った。 「育成を少し――いえ、申し訳ございません。わたくし考えたいことがあるので今日は結構ですわ」 なんだよアイツ。 取り残されたような格好になったオレは、ロザリアの中途半端な態度を感じ悪く思いながらも、 バースディソングを口ずさんでいたことをしっかり後悔していた。 そのモヤモヤした気分は、次の日に公園に行くまでついてきた。 ここ最近は連日のように来ていたせいか、鼻につくはずだったの古書の匂いに安心感すら覚えているのに 気がつく。あいかわらず人の来ねぇ図書館。司書の話だとルヴァが2階にいるらしいが、地上より階数が多い 地下閲覧室にいるのはオレだけらしい。 まだロザリアは来てねぇ。 土の曜日だから、フェリシアに視察に行ってまだ戻ってきていないに違いない。 オレはこのフロアの真ん中にある長テーブルの上に座ると、公園で買ってきたばかりの手のひらにすっぽりと収まる大きさの包みを取り出した。ポケットに押し込んでいたせいで店の主人が施したラッピングはつぶれてしまっていた。 どうせこのまま渡す気はなかったので問題はない。 オレは包みをあけて、中にはいっていたデカイ石のついた指輪を取り出してみて、図書館の蛍光灯で照らした。 公園で日の光を浴びていた時ほどではないが、オレンジに近い黄色の宝石がキラっと光る。 この石は黄水晶という石らしい。女なら多分知っているだろうけど、オレには聞いたことのない名前だった。 ショーケースの中には<さすがにオレでも知っている>ダイヤモンドや、ロザリアの瞳のように深いブルーの石、 アイツが好きそうなデザインの赤い石、他にも<これも見分けがついた>真珠や七色に光る不思議な石・・・が 並んでいて、その中でも一番地味でデザインが古臭く、最後に目についたのがこの指輪だった。 なんつーかパワフルなんだよな。 他の野郎じゃロザリアに贈るのにはまず選ばないだろう黄水晶だが、オレはこの石が良いと思った。 自身だけじゃなく、まわりまで輝かせる光。オレがロザリアに感じるのと同じものをオレはこの石に感じた。 このままじゃダセーから、削ってこの指輪をシャープなデザインのペンダントに加工すべく、オレは此処でデザインを考え 始めた。 まだロザリアはやってこない。 この日、ロザリアは結局図書館にはやってこなかった。 昨日はフェリシアで何かあったのかと思い、朝から日の曜日で休みのところを無理やり入れてもらった王立研究院で データーを調べたが異常はなかった。 毎日のようにアイツは図書館に来ていたくせに、何やっているんだ? と考えたが、たまにはロザリアも本を読まないで さっさと寝たい日もあるのかと考えたら納得がいった。そんなところを知って、前より親近感を持った。 でも今日はアイツも一日を図書館ですごすつもりだろうと、王立研究院にいったその足でオレはロザリアを部屋まで迎えにいく。 途中で咲いていた野ばらが綺麗だったからロザリアに摘んでいってやろうかと考えたが、自分の行動がオスカーみたいに思えてやめた。 女王候補寮の扉をガンガンと叩く。 「ロザリア、迎えに来てやったぜ」 返事はない。 かわりに隣の部屋から室内着をきたアンジェリークが、まだ眠そうな顔を覗かせた。 「ぜふぇる様、おはよーございます。ろざりあなら、さきに出かけたみたいですよ」 どうしよう、わたしも早く出かける仕度しなきゃいけないのに、と、まだ半分眠りながら言うアンジェリークに礼を言って、 オレは入れ違いになってしまったロザリアに追いつくべく図書館へと急いだ。 ロザリアはいつもの場所にいると思い込んでいたオレは、今日はセイラン詩集の棚にも閲覧コーナーにもいないロザリアを、 地下4階フロア中さがしまわる羽目になった。 ここの図書館は本気で広い。ここではぐれてしまったら、もう二度と会えないのではないかと思える。 それに、もしかすると違う階で探し物をしているのかもしれない。 入り口で司書にロザリアのいる場所を確認するべきだったと、本棚の迷路に迷い込んだオレは悔やんだ。 ロザリアがいない図書館は、前に感じたのと同じ重さを感じる。 これだけ本があって、一冊一冊の本にはそれなりの書かれた意図や意味がある。けれども、その背表紙を抜き取って、それを必要とする存在がここにはいない。本を手に取っていたアイツがいない。それだけで、この場所は一気に 暗くてうっとおしい空気を纏う。 急に自分までこの本達と同じになったみてぇにオレは感じた。 こんなに探しているのにアイツはいない。今日もここには来ていないのか? オレが勝手に来ただけで、ロザリアとここで会う約束をしたことは一度もなかった。 あぁそうだ。ロザリアが図書館に来ていなくても、オレに文句いう道理はねぇ。 だけど、詩なんて興味もねぇし、ここに山ほどある名詩を読みたいとは思わねぇオレが此処にいるのは、 ロザリアがフェリシアに贈る詩を知ってるから、それだけアイツがフェリシアを大事に思っているのを感じたから、 協力してやりたいと思ったからだ。 それなのに、オレがこうして来ているのに、なんでロザリアはこないんだ? ふと、昨日の指輪を購入した時に店の主人が言った言葉を思いだした。 『彼女にお誕生日の贈り物ですか? いいですね』 何がいいのか知らないが、愛想よく主人はニコニコと話はじめた。ここの主人は話好きで色々なことを 脈絡無く語るところがあった。 『でも気をつけた方がいいですよ。双子座生まれは移り気だといいますからねぇ』 ――移り気―― その言葉が棘のように、腹の真ん中に刺さる。 オレは占いも、その主人の話も信じてねぇ。 星座で性格が決められるなら、オレだって双子座でロザリアと同じ性格ってことになる。そんな単純に分けられるワケねぇ。 だが今日は日の曜日。ロザリアはもうどこかに出かけていた。 どっかの誰かと公園やら森の湖やらに出かけているのだろうか。 オレじゃなくて別の野郎と楽しく過ごしている。 ロザリアの関心がもう詩にはなくて、別のところに移っている。 ・・・・・・裏切られたなんてオレが言う資格がねぇのはわかっている。 だけど、それを想像すると腹が立つのは止められなかった。 それでもオレはまだ、ロザリアがひょっこり此処に現われるような気がしていた。ロザリアが来るのを待っていた。 オレがひとりで図書館を出た頃には、すっかり夜になっていた。 そして、ずっと前方に連れ立って歩くリュミエールとロザリアらしき後姿を見つけてしまった時、 アイツを野ばらなんて持って迎えに行こうとしていた自分を大きく後悔した。 水の曜日。 今日はロザリアの誕生日のはずだ。 オレは執務室に座っている気分にはなれなくて、ふらふらと目的もなく歩いていた。 今はロザリアの顔を見るのが嫌だった。顔を見ると何を言ってしまうか分らなかった。 フェリシアよりも守護聖様とのデートを優先するとは良いご身分じゃねーか。 ――― 分ってる、それが悪いわけじゃねぇって事ぐらい。 日の曜日、アンジェリークの奴もどっかに出かける予定がある口ぶりだったし、 あいつらが来たときに、ディアが日の曜日に女王候補と一緒に出かけて試験以外の場所での あいつらを知ることも大事だと言っていた。 ロザリアがリュミエールと女王候補として仲良くしたいなら構わねぇ。 だが、構わねぇとけど、ロザリアが何をしようとアイツの自由だけど、オレはそれが気に入らない。 ドカドカと地面にやつあたりするようにして歩いていると、そんなオレの行動とは似合わない、メロディにのった言葉が聴こえてきた。 唄だ。 それまで頭がいっぱいだった事がら気がそれて、オレは立ち止まってその唄声に耳をすました。 キレイな唄だとは思わなかった。キレイなだけで片付けられる唄ではなかった。 単純でわかりやすいメロディ。子供でもすぐに覚えれそうな易しいフレーズ。 力強くて眩しい空からサンサンと降ってくる音。夢みるように、でも地に足のついた詩。 幸福への願いと希望がみちた唄。 世界の中心からあふれ出るようなそのメロディにのった詩をオレは知っていた。 これはロザリアの詩だ。 オレはその唄が聴こえてくる場所に向かって走った。 音をぐんぐん追って行き着いた先は、森の湖だった。 すぐに瞳にはいったロザリアが立っていたのが、丁度祈ると心に想う人がやってくると伝えられる滝の前だったから、 誰かを待っているのか? とリュミエールの顔を想像してしまったオレは、アイツの待ち人でもないのにのこのこ出て行くのを一瞬躊躇った。 だけど、まだ続いているロザリアの唄が捻くれそうになっていたオレの背中を強く押す。 図書室でロザリアが書いていた詩が、もっとストンと気持ちの中にはいってくる。 足をロザリアの方に向けさせる。 「・・・よぉ」 オレに気がついたロザリアが、唄うのをやめてオレにお辞儀した。 「ゼフェル様。良かったわ、わたくしゼフェル様をお捜しておりましたのよ。執務室に伺ったらお留守でしたし、 公園の噴水もゼフェル様の行方を教えてはくださらなかったので、今日は逢えないかと思っていましたわ」 オレを捜していた? ロザリアの意外な言葉にオレはつい「あぁ悪りぃ」と謝った。フェリシアの育成を頼みたかったに違いねぇ、と わかったからだ。 ロザリアはそんなオレに向かって冷静に言う。 「約束をしていたわけではないのに、どうしてお謝りになりますの? ――何かわたくしに悪いと感じることでも おありになりますの」 日の曜日からロザリアを避けていた事実がある。だが、文句をいうならオレの方が先だと思った。 「ロザリアこそーーー」 だが、この先が続かない。 何で図書館にこなかったのだと言ったら、約束してねぇ。 リュミエールとデートしてただろ、と言ってもオレには関係のねぇ話だ。 それに、ロザリアがフェリシアの詩のことを忘れたわけじゃなかったことが、あの唄でよくわかっていた。 「ロザリアこそーーーその、何だよ。いつの間に唄なんて作ってんだよ」 くそ。オレにはロザリアに言える文句もねぇ。 情けない気持ちでいったオレの言葉に、ロザリアは律儀に説明をはじめた。 「先週末にゼフェル様の執務室にお伺いしたことを覚えてらっしゃるかしら」 「あぁ」 あのアンジェリークの鼻唄につられて、バースディソングを口ずさんでいた時だ。よく覚えている。 「あの時のアンジェリークとゼフェル様の様子にヒントを得ましたの。初めてゼフェル様に図書館でお会いした時、 ゼフェル様は”詩集を読まない”と仰られた。それに残念なことですけど、この飛空都市で図書館を利用している方は 少ないですわ。だから・・・もちろん本の中に綴られた詩を否定するわけではありませんけど、わたくしの願うとおりに 詩をフェリシア中に広げるには印刷された詩ではダメだと考えてましたの」 オレの言った言葉や行動を、よくロザリアが見ていることに驚いた。 そして、そこから考えたロザリアの考えには、さらに驚いた。 「唄は口から口に伝わる。節を覚えれば、詩を暗誦するよりも簡単に覚えられる。 ねぇゼフェル様、 これがわたくしの考えた、本を読む方以外にも、そして老若男女とわず、家や街角で触れることができる生きた詩ですわ。 聴いてくださる?」 ロザリアは先ほどの唄をもう一度、最初から最後まで唄ってみせた。 ロザリアの唄。太陽のようにフェリシアを照らす唄。 完璧な女王候補。 やっぱりあの巻き毛だけでも崩してやりたいと、唄まで上手かったロザリアにオレは思った。 そして遠慮のない拍手を送った。 「すっげーいい唄だ。フェリシアの連中も喜ぶと思うぜ」 するとガキの頃から褒められ慣れているはずのロザリアが、オレの言葉に一気に笑顔になって、こっちが恥ずかしい くらいにアイツが喜んでいるのが伝わってきた。 そんなロザリアを可愛いと言ったらいいのか、それともキレイと言ったらいいのかわからねーが、やられた。 気持ちが伝染するみたいに、オレまで笑いたくなってくる。 「嬉しいですわ。・・・ゼフェル様にはご迷惑かもしれませんが、わたくしこの唄が完成したら一番にゼフェル様に聴いていただきたいと思っていましたの。無理やり押し付けた詩を読んで頂いた時にゼフェル様から頂いた言葉に励まされましたもの。 それからも図書館で逢うたびに、詩のことやフェリシアのことを考えていただけているのがわかって、 わたくしは本当に感謝しておりました」 あんまりにもロザリアが素直にそういうから、照れくさくて、オレは隠そうとしていたことまで バカみたいにベラベラ言ってしまった。 「オレはまた、土の曜日も日の曜日も図書館に来なかったから・・・詩を書くのを辞めちまったのかと思ってたぜ」 誰が<移り気>だよ、と店の主人や、あの日の自分に言ってやりたくなる。 「それではゼフェル様、土の曜日も日の曜日も図書館でわたくしを待っていてくださいましたの?わたくし、まさか ゼフェル様がお休みの日までフェリシアのことを考えてくださっているとは思わなくて・・・お約束もしていないのに」 「悪かったな、勝手におめーの事を待っててよ」 そう言いながら、オレはポケットをさぐった。渡せねぇと思っていたからラッピングをする気はしなかったが、 土の曜日の夜にこれだけは仕上げておいたものが入っている。 黄水晶のペンダント。 「いえ、そんな意味ではありませんわ。知っていたらわたくし図書館にまいりましたもの。もぅ、どうしてゼフェル様が 図書館におられることに気がまわらなかったのかしら。無理にお誘いするのもご迷惑かと思って、音楽のことですし、 アンジェリークやリュミエール様に相談していましたの」 その様子が真剣そのものだったので、オレは嬉しくなった。コイツもオレに逢いたかったって言っているのと同じだ。 リュミエールともデートをしていたわけではない。 どうやらロザリアにとって一番近くにいる男はオレらしい。 オレはペンダントをロザリアに差し出した。 「もう一つ、気がまわってねぇ見たいだから言ってやるけど、オレはフェリシアのことも考えていたけどよ、 同じくらいにおめーのことも考えていた」 ロザリアが黄水晶のペンダントとオレを交互に見つめた。小さくロザリアが息をのむ音が聴こえた。 「バースディプレゼントだよ。太陽のかけらみてーで、おめーに似合うと思ってさ」 そう言ってオレはペンダントの留め金をはずして、それをロザリアの首にかけた。 ロザリアの奴はヒールのある靴をはいているから、オレより数センチ背が高くなっているのがちょっと気にいらないが、 背なんてほっておけば、そのうち伸びる。女は男より成長期が早いっていうから、これから先の時間でオレがロザリアに追いつけばいいんだ。 「ありがとうございます、ゼフェル様。光が反射して、とても綺麗ですわ」 ロザリアはうっとりと黄水晶を片手をそえて眺めている。今はまだこの言葉だけで充分だ。 思ったとおりにロザリアによく似合う。オレはこのペンダントの出来栄えに満足した。 そしてロザリアに聴き取られないほどの声で、待ってろよ、と告げた。 「そうだ、ロザリア行こうぜ」 オレは、すっげー良い事を思いついて、ロザリアの両手を包むように持った。 「今から・・・ですの?一体どちらに?」 ロザリアは空の色を気にしながら答えた。空は青。まだまだオレ達の時間だと告げている。 「決まっているだろ、フェリシアだよ。早くその唄を届けにいこうぜ」 今度こそロザリアは困惑したように言った。 「そんな事はできませんわ。遊星盤を扱う力は今日は残っておりませんの。この唄は土の曜日にフェリシアの神官に託すつもりですわ」 そんなもったいない事をさせてたまるか。オレは横に大きく首を振った。 「なんのためにオレがいると思っているんだ? おめーと一緒ならエアバイクでフェリシアの上空まで 飛べると思うぜ。せっかくの初お披露目だ。そんな神官なんかに頼まねーで、自分の声で唄えばいいじゃん」 「無茶いわないでくださいませ。突然そんな事をしたら、フェリシアの民に余計な困惑が広がる可能性がありますわ」 「今日はフェリシアの天使様の誕生日だぜ。それぐらいの奇跡が起きたっていいじゃねーか。喜ぶぜ、あいつら」 「そんなわけには参りませんわよ」 オレの提案をむげにも断った後、ロザリアはしみじみとした笑顔で付け加えた。 「ゼフェル様は本当にフェリシアのことを大事に思ってくださってますのね」 大きな溜息が出る。 フェリシアと同じくらいにオレはロザリアの事を考えている、とオレが言ったことをちゃんと認識してなさそうなコイツに。 フェリシアの事をすげー好きなくせに、余計なことばっかり考えて突っ走るなんて出来ないコイツに。 「おめーほどじゃねーけどな」 と、愛と皮肉、二つの意味をこめてオレは言った。 だけどロザリアがこうなら、ロザリアの唄からもらった力で今度はオレが背中を押す番だ。 この分じゃ、ロザリアがどんな高いヒールを履いても大丈夫な男になるのは、結構早いかもしれねぇ。 そう思うと、いつもの何倍も太陽が近くに感じた。 「フェリシアの伝説になるぜ。”空から太陽の唄が聴こえる”ってよ。オレはその現場にロザリアを連れて行きてーんだ」 いつかロザリアが女王になったとしても、今日はロザリアにとって忘れられない誕生日になる。 ―――その今日に、ロザリアの隣にいるのはこのオレだ。 【黄水晶】 太陽の光を内に秘める。 この石に与えられた言葉は希望。 |
素晴らしいお話をありがとうございました。私は幸せ者です。 |