蒼い薔薇のステラ



 テーブルの上の水滴を絡め取ると、優しくなぞるようにして彼の指は円を描いた。
 日の光に反射して彼の描いたリングはキラキラ光る。まるで天使の輪のようだ。
 アンジェが式で身に着けていたアクセサリーにも似ている。

「手は、昔のままね」

 華奢な体のわりに彼の手はごつごつしていた。それは今も同じだ。
 相変わらず機械いじりでもやっているんだろう、オイルで少し荒れている手を見てどこか少しほっとする。

「あれほどハンドクリームを塗ってと言ってたのに。守ってないのね、荒れてるわ」

 いつもならここでうるさいだの何だの言い返されるところだったが、長い年月は人を丸くさせるらしい。 彼は眩しそうに目を細めて笑った。

「おめーは変わってないな」

 何でもない平日の午後、青いカナリアみたいな色をした空にふわふわの雲が浮かんでいる。
 私たちのいるオープンカフェの入り口には、アーチに絡まった蔓薔薇がくすんだ青い蕾をつけている。
 この星は、今日も新しい女王陛下のおかげで平和だ。
 アンジェは元気にやっているだろうか。
 聖地に残り守護聖と結婚した金の髪の少女を想った。
彼女は女王の役目を終えると同時に結婚式をあげ、新女王の誕生で聖地は沸いた。
 聖地だけじゃない、女王の統治する惑星全てがお祭り騒ぎだった。
 喜びで満ち溢れた喧騒に紛れて、私も昨日、やっとこの星へ降り立った。
 そこで、彼と出会ったのだ。

「俺があそこを去った時のままだ」

 別に恋人同士だとか、そういうわけではない。
 だけどお互いの気持ちは知っていた。
 臆病な私たちは守護聖と補佐官というボーダーを飛び越えられずに微妙な距離を保ったまま、離れ離れになった。守護聖の交代によって。

「あなたは変わったわ」
「当たり前だろ。お前にとったらたったの三週間位だけど、こっちは三年も経ってるんだ」
「背も…伸びたのね」
「うるせえ」
 この男の人は一体誰だろう。本当にゼフェルだろうか。
 私はテーブル越しに運ばれてきたジンジャーエールを飲む彼を盗み見た。
 顔つきこそ大人でも、銀色の髪の間から覗く瞳は、間違いなくゼフェルのものだ。
彼が聖地を去る日に見せたあの強い光を今でも放っているような気がした。

『ロザリア、またな』

 大勢の仲間に見送られる中、彼は私にそう言った。

「…なんだよ、じろじろ見て」
「本当に言ったとおりになったのね」
「何が」
「あなた『またな』って言ったわ、あの時」
「あー、言ったな」

 役目を終えた守護聖や女王候補達は、その後の人生を好きな場所で過ごせる事を約束されている。
 何億個もある惑星の中で、九人の守護聖達が一気に役目を終えたとしても、お互いに出会える可能性はかなり低い。

 なのに。
「『ゼフェル、私、もし他の惑星に住むのなら青い薔薇の咲くところがいいわ。』」

 いきなり裏声でそう言った彼に、私はハッとして顔を上げた。
 ルビーのような瞳と視線がぶつかる。

「覚えてないのかよ、お前」

 そうだ。私は確かに昔そう言った。そしてそれを実行した。

「…覚えてるわ。だからこうしてここにいるんですもの」
「ああ」
「だから、『またな』なんて言ったの?」
「ああ」
「……」

 ゼフェルは私の答えを待っている。
 空気から痛いほど伝わってくる彼の無言の催促は、私に少し眩暈を覚えさせる。
 私は気分を落ち着かせる為に、目の前の紅茶を啜った。
 どきどきしすぎて、何の味もしないような感じがした。
 長い沈黙に耐え切れなくなったのか、彼が口を開いた。

「お前を、待ってた」
「…私がいつ補佐官を降りるかなんてわからないじゃない」
「そりゃわかんねーけどさ。いつかは来るだろ、この星にさ」
「私がもうちょっと長く補佐官の仕事を続けてたら、どうするつもりだったの」
「はは、オレもうジジイかもな」
「私が他の星に行ってたらどうするつもりだったのよ」
「探しに行くよ」

 あの頃と立場が逆転してるのは、彼が大人になったからだろうか。
 それとも私が子供のままなのだろうか。
 それが悔しいのか、嬉しいのか、何なのかわからないけど涙が出た。

「お、おい!何泣いてんだよ」
「そこは変わらないのね、私が泣くとすぐうろたえるとこ」

 ぼやけた視界から見た薔薇の蕾は、聖地からやってくる時に見たこの星の色と同じだ。

「…オレが成長してて、驚いたか?」
「ええ」
「オレ、お前のこと、好きでいていいんだよな?」

 当たり前のことを聞くものだから、思わず吹きだしてしまった。

「バカね、当たり前じゃない」

 アンジェは知っていたのかもしれない。だから私が下界に降りると言った時、何も言わずに微笑んだのかもしれない。
 私も好きよ、と言ったら、彼は照れたように笑って頬に残る涙を少し乱暴に拭った。
 テーブルの上の天使の輪が、笑ったみたいに揺れた気がした。

 










わたくしめの誕生祝として、シーナさんからいただいたゼフェロザでございます…ゼフェロザでございます!
三年後のゼフェルに、わたくしときめきまくりました。まくりまくり。ゼフェルにメロメロでございます。
素直になれるくらいは大人で、でも大人になりすぎてなくて、かっこよくてかわいい…!ラブ!
素直に好意を口にできる大人さと、成長してて驚いたか?なんて聞いちゃう少年ぽさ!そして、全体から漂う爽やかさ!たまりまへんえ〜!
聖地にいた頃の二人の関係が、恋人同士ではなかったことが、新鮮でした。
そのせいか、二人の再会はどこか穏やかで、その雰囲気も、とても素敵でした。
シーナさん、本当にありがとうございました!すごく驚いた、すごく嬉しいプレゼントでした〜!



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