『内気でおとなしい』
『スローテンポでちょっとぬけている』
『優しくて女の子らしい』
『でも、芯は真っ直ぐ通ってる』
それが、他の人から見た”私”。
私を見て、私の事を考えてくれてる人たちからもらった言葉。
優しさに満ちた、私を仲間として認めてくれる言葉。
頼りなくみえる自分に反省しつつも、嬉しい気もちも隠せない。
聖地に来る前も、女王になってからも、私の評価は変わらない。
ねぇ、ジョヴァンニは私をどう見ていた?
心の中で問うてみる。
みんなと同じ言葉を言われたら、私はきっと孤独になる。
桃色。
ポシャン。
私は、桃色のお湯に体をくぐらせる。
レイチェルから貰ったバスジュエルからはフローラル系の香りがした。
身体に吸い付くような良質の湯。
肌がきゅっと引き締まる。
大きな窓からはたくさんの緑がのぞく、開放感あふれるバスタイム。
温度は少しぬるめ。
ゆっくりと身体が温まってゆく。
全身を大きくのばす。
疲れがとんでいきそうな、女の子にとって幸せなひと時。
「あの場所のお風呂とは大違いだね」
そう声に出して言ってみる。
誰もきいてないその声が、私の小さな主張。
誰にも言わない。
誰かに言いたい。
そんな小さな主張。
私の記憶の中にある、あのバスルーム。
薄暗く落とされた照明。
バスタブに設置された発光ライトが風呂のお湯をピンクに照らす。
幻想的なムード。
綺麗だねっとはしゃぐ私を、彼は意地悪くからかった。
ドキドキしながら入ったバスタブ。
お風呂の気持ちよさなんて考える余裕がなかった。
外から見ていたときは綺麗に見えたはずの光が、怪しく身体を照らしだす。
不釣合いないやらしさを感じて、恥ずかしさで頭の中が沸騰する。
鍵のついていないバスルームの扉。
今にも開きそうな錯覚を覚えて、落ち着かない。
いっそ真っ暗ならいいのに。
ピンクの光が私を染め上げる。
『アンジェリークなら怒らないよ』
『本当、あなたって良い子だよね』
『・・・・ちょっとアンジェって鈍いかも』
子供のころの詳細な思い出はスモルニィ女学院の中等部から始る。
それ以前の記憶は凡庸としていて、取り出せたり取り出せなかったり。
「思い出したくないことがあるんじゃナイ?」
と推察したレイチェルに、
「いいんだよ。全部は覚えていなくても」
そういったのは、夢の守護聖のオリヴィエ様だった。
喜怒哀楽。
私は極端に”怒”の部分が抜け落ちているかのように思える。
誰かを悪く言うのはひどく苦手だった。
良い子ぶっているんじゃない、見つけられないのが常だった。
そんな私を、レイチェルは良い子だというけれど。
私はレイチェルのように、堂々と良い所も悪いところも指摘できる人に憧れる。
ずっと健康的で気持ちが良い。
でも。
彼にかかっては別だった。
「ひどいわっ」
何度その言葉をジョヴァン二に使っただろう。
「大嫌い」
「もう、知らないっ」
私を怒らせることに関して、彼は天才的だった。
私は何度も、彼の言葉に反論した。
同意できる事なんて、何一つ言ってくれないから。
それを心地よく感じ始めたのはいつだっただろうか?
いままで誰の前でも見せた事がないくらい、私はイキイキしていたと思う。
私が女王で侵略者からこの宇宙を守るために来たのに。
彼の前では、女王以上にアンジェリークとしての自分を感じた。
そんな自分が、とても好きだった。
紫。
ジョヴァン二は紫色が好きらしい。
ソファーの上にさらした私の足に、紫のペティキュアが塗られてゆく。
ボトルで見た時はケバケバしく思えた色が、実際にぬると可愛い印象に変わる。
その鮮やかな手つきに、私は思わず見蕩れる。
大きな花柄のソファーの上、2人きり。
シーツを巻きつけただけの身体からは、いつもより足が大きく露出してる。
膝小僧や戦いでつけた擦り傷が目にはいって、急速に足を引っ込めたくなる衝動に かられた。
思考と連動して、ピクリと動く足が揺れる。
「乾ききるまで動いちゃダメだからね、アンジェリーク♪」
これ以上ないほど楽しげにジョヴァン二が笑って、
その器用な指先が、足のつま先から足首、ふくらはぎへと上がっていく。
――――――――
普通の恋人同士と同じようなことをしているだけなのに。
それが特別に感じる自分の方が変なのかもしれない。
だけど。
こんな私をジョヴァン二以外は知らない。
『大丈夫?』
『ちょっと心配だな』
『遠慮しないで』
優しく気遣ってくれる言葉。
そんな言葉を聞きながら、私は彼の名を唱える。
ジョヴァン二と一緒の時の私。
その時の自分のように、他の人にも振舞えたら良いと願う。
私の好きな私でありたい。
だけど。
心で唱える彼の名前は、私を安心させるけど他の人との関わりを断つ。
側にいる人よりも、心の奥にいるジョヴァン二を見てしまう。
こんな私を見ても、彼は私を好きだと言ってくれるだろうか?
それとも、やっぱり楽しそうに笑うのだろうか。
ザマーミロって私を怒らせてくれるのだろうか。
いつまでたっても翻弄されているようで、私は小さく笑ってしまう。
白。
張りぼてのような、白々しい豪華さ。
ベットが中心の部屋。
生活していくには適さない部屋だな、と思えた。
そのひと時のためにつくられた部屋。
ずっと一緒にいられない。
そんな未来を示唆するように思えて悲しくなった。
枕元にあるスイッチに手がふいにあたる。
投影機から、天井に星座が映し出されて、ますます夢の世界だと思い知った。
―――――だったら、世界で一番素敵な夢がみよう。
その後になんにもない白い世界が待ち受けてても。
Wサイズのベットに横たわる。
2人で使っても広いベット。
”狭いわ”
そういってジョヴァン二の腕に巻きつく。
”ウソツキは泥棒の始まりって言葉しってる?”
そう言って、彼は私に唇をおとす。
つないだ手。
”ずっと一緒にいたい”
どうしようもなく空しい我が侭を言った。
”じゃあ、今、ここで殺してあげようか、天使様?そしたら帰らなくてもすむよ”
半分笑いながら、でも鋭い殺気を含んだ声。
私には何か問題があるのだろうか?
この緊張感にさえ誘惑されてしまうなんて。
私はにっこりと笑った。
いいよ、と答えるのはとても魅惑的に思えた。
でも。
”でも、そしたら楽しめなくなっちゃうね”
ジョヴァンニの前では図々しくありたい。
負けたくないと思う、強気な私。
彼は最後に私を”天使さま”と呼んだ。
最後だった。
ねぇ、ジョヴァンニは私をどう見ていた?
心の中で問うてみる。
「私にとって貴方は、たった一人の『特別な人』」
桃色のバスルームの中で私は小さく口にだして言った。
左足を少し持ち上げてみる。
まだ親指の爪に小さく残った紫のペティキュア。
たまらなく愛しく感じて私はボロボロと泣いてしまった。
ピシャン。
桃色のお湯が跳ねて、フローラルの香りが広がる。
「貴方にとっても私は、たった一人の『特別な人』」
もう一度声にだして言ってみる。
今なら自分を”好き”と言えそうな気分だった。
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