思い出に変わった日



 悪夢のような一週間だった。
 何がどう伝わってんのかわかんねーが…いや、ホントはわかってんだけどわかりたくねーんだよわりーかよ!
 …とにかく、謹慎処分を受けたオレを見る目は、あまりにもひどかった。

 ジュリアスは、ちょっと気晴らしに出たオレを見るなり、すげー形相で怒鳴りつけてきた。
 …つーか、コイツマジでこえーわ。

 クラヴィスは、『愚かな…』と呟いて、鼻で笑った。
 …喋んのが面倒なんだったら、わざわざ余計なこと言うなってんだよ!

 ランディとリュミエールは目ェ合わせよーとしねー。
 ったく、コイツらなんなんだよ!

 オスカーは、わけわかんねー説教を30分くれーかましてきたから『おめーはルヴァか!』っつって逃げといた。

 オリヴィエは『アンタ、美しくないよ…』とかなんとか一言言い捨ててこっち見ねーで歩いてった。
 …そんなかっこしてるおめーに言われたくねーってんだよ!

 マルセルは訪ねて来て、『僕、ゼフェルのこと、信じてるから!』と言ってくれた、はいいが…。
 …だったら、なんでそんなに及び腰になってんだよ…。

 ルヴァは、監督不行き届きがどーたら、そんなに切羽詰っていたと気づかなかった私が悪かったやら嘆いて、やっぱり説教が延々続いた。オスカーと違って、こっちは二時間だ。
 さすが本家ルヴァだぜ、とか感心するしかねーだろ。話聞かねーんだもんよ!

 アンジェリークはオレを見た途端超高速で逃げ出すしよ。
 …そりゃねーだろ。オレだって傷つくんだぜ…。

 なにより堪えたのは、アイツ…ロザリアに全く逢えなかったってことだ。

「ゼフェル、入るぞ」
 やることねーから私邸に籠もってメカいじりしてたオレを訪ねてジュリアスがやってきた。
 てかよーなんで勝手に家ん中入ってきてんだよ……誰か止めろよ。
 あ、腹立ってたから、使用人全員に休み取らしたんだった。そりゃ誰もいねーわ。
 人と喋ってねーから、自分の中で会話する癖ついちまってんな…。

「なんだよ。何か用かよ」
「お前の謹慎処分を解く」
「あ?…なんで?」

 おそらく間抜けな顔をしているだろうオレを見つめたジュリアスは、何か言いたげだったが、首を振って息を吸った。
「ロザリアが、そうしてくれと言って聞かないのだ。お前は何も悪くないのだ、と」

 ロザリアが!!
 ああ、やっぱりおめーだけはオレの味方してくれんだな!
 一週間前の、あの…コイツが来るまでの甘やかな時間を思い出す。

 マジでやわらけーんだよなーアイツ。食いモンでやわらけーのはなんか苛付くから好きじゃねーんだけどよ、アイツだったら食いてー…って違うって!食いたいってのは食っちまいたくなるほどかわいいっつーかそういう意味であって、ヘンな意味じゃねーんだって!

「ゼフェル…聞いているのか?」
 ジュリアスが、こめかみを引きつらせながら言った。
 …やべー、ひとりごと言う癖もついちまってっからな…さっきのが口ついて出ねーでよかったぜ。
「え?わりー、聞ーてなかった」
 ジュリアスの顔は真っ赤になったが、それでも辛抱強く繰り返した。
「あれは、ロザリアが転びそうになったところをお前が助けたのだ、とロザリアは言い張る。そうなのか?」
 ギロリ、と音が出そうな勢いで睨まれる。
 そんな力入れたら目ェ飛び出しちまうぜ?…とでも言ってやりたいが、この状況でそんなこと言うほどバカじゃねー。しっかしよー、コイツなんでこんな目でオレを見るんだよ。…もしかしてコイツ、ロザリアに気ィあんじゃねーの?

「ああ、まーそんなとこだ」
「そう、か。…ならよい。明日からは執務に戻るように」
「ちょっと待てよ」
 そのまま歩き去ろうとするジュリアスを呼び止める。
「オレの潔白は証明されたんだろ?冤罪ってやつだ。…詫びの一言くれーあってもいーんじゃねーのか?」
 本当はどうでも良かったが、ライバルだと思うとからみたくもなる。

 振り向いたジュリアスの顔は忘れられない。

「私はお前を完全に信じたわけではない。あの時のロザリアの様子はおかしかった。おそらく何かを隠しているのだろう。お前を庇って嘘を吐いているのだと、私は思っている。あのロザリアが…お前のために…嘘を……!」
 ギリギリと歯を、そしてついでに足音も大きく鳴らしながら、ジュリアスは出ていった。
 大魔神、という言葉が頭に浮かんだ。





 翌日、聖殿に出仕したオレは、溜まった書類の処理に追われていた。

 オレがいねー間は他の守護聖が交代でオレの分の仕事をしてたらしーが、鋼の守護聖じゃねーと片付けられねーモンも中にはあっからな。
 多すぎる量に文句を言おーと思ったが、また首座サマに睨まれちゃたまんねーから黙って片付けることにした。

「ったく、オレ何やってんだ…?」
 知らず知らずに不満が口をつく。
 好きな女の気持ちがわかったその瞬間から、オレはソイツと会ってねーんだぜ?
 そんなすぐ気持ちが変わるとは思えねーけど…不安になるしよ…てか単純に会いてーんだよ。
 会って笑顔が見てーし、声が聞きてー。
 恋愛ってすげーよな。オレがこんなんになっちまうなんてよ。
 好きだから、会いたい、かよ。我ながら恥ずかしーヤツだぜ。

 そこで気がついた。
 ひょっとして、ロザリアも同じこと思ってんじゃねーの!?
「だってよ、アイツもオレのこと好きだって言ってくれたんだぜ?好きなんだったら…オレに逢いたいって思うはずだよな?だって、オレがそーなんだもんよ。へへっ、ロザリア、おめーそれならそーと早く言えよな……っと」
 おっと、またひとりごと言っちまってる。しかもいねーのにロザリアに話しかけちまってるし!
 早くこの癖直さねーとな。
 とにかく、そーとわかりゃ、こんなとこでじっとしてらんねーぜ!

 ペンを放り投げて、脱兎の如く駆け出した。









「わたくしの訴えをお聞き入れ下さって、ありがとうございました」
 深々と頭を下げるロザリア。この女王候補はお辞儀一つとっても、完璧だ。
 蒼く丁寧に巻かれた髪は、一筋の乱れもなく、美しい。
 品の良い服装、自信と努力に裏打ちされた発言…それを発する声も、凛としていて、耳に心地良い。
 透き通った肌はきめ細かく、思わず触れたくなってしまう。

 …触れたいだと!?私は何を考えているのだ!な…なんと破廉恥な…!

 目の前にいる光の守護聖が何の前触れも無く突然ブルブルと震え出したのを見て、ロザリアは驚いた。

「どうなさいましたの?…ジュリアス様!?」
「だ…大丈夫だ。…なんでもない」
 声も震わせているジュリアスを見て、ロザリアは大丈夫ではないだろう、と判断した。
「わたくし、どなたかを呼んで参りますわ!」
「違う!!待て!!」
 怒号と呼べる音量で叫び、ジュリアスはロザリアの手首を掴んだ。

 鳥が、バサバサと、飛んだ。

 その時。

「おい、ジュリアスよー」
 二人の前に、小さな影が立ちはだかった。
「ゼフェル!」
「ゼフェル様…!」

 ゼフェルは、自分が正義の味方になったような気になって意気揚々である。
 お姫様が悪の大魔王に捕らえられた瞬間に颯爽と現われ、彼女を助けてやるのだ。
 どちらかと言うと今までは大抵苛める側だったので、少しヘンな気分だが…ちょっと気持ちいい。

「ゼフェル様!」
 ああ、そんな喜ぶなよ。ったく照れるじゃねーか。

 視界の隅を、見慣れた茶色い頭が掠めた。
 ん?ありゃランディじゃねーか。アイツはいつもこんな気分で正義の味方してやがったのか。
 おっと、そんなことより今は…!

「大声出すなよ、ロザリアが怖がってんじゃねーか」

 通りかかったランディは、口を半開きにして立ち止まった。
「なんなんだ、これ…」

「あの…ゼフェル様?」
 心配そうにオレを呼ぶロザリアに、笑顔を見せてやる。
「オレがおめーを守ってやっからよ!」
「いえ、そうではなくて…」
「大丈夫だ、そんな心配すんなって!」
「あの、お話を…」
「あー!いーから!おめーは黙っとけ!」

 そして、ジュリアスに向き直って、言い放った。
「早くロザリアを離しやがれ!嫌がってんのに無理強いしよーなんて、最低だぜ!」
「何を言っているのだ?私の体調を気遣ってロザリアが人を呼びに行こうとしたのを、止めただけなのだが」

「え?…そ、そーなのか?」
 ロザリアを見ると、呆れ顔で頷いた。

 これは…ひょっとして、オレやべーんじゃねー? 

 このままでは、『早合点ばかりするゼフェル様より、ジュリアス様の方がやっぱりわたくしには合ってますわ』なんて思われかねない。
 一気に形勢を逆転しねーと…。

「でもよ、ジュリアス。あんた元気そーじゃねーか。本当は体調なんて悪くねーんだろ?」
「ぐっ…」
 言葉に詰まったジュリアスを、ロザリアは不審気に見た。
 よっしゃ!もう一息だぜ!
「ロザリアのことが好きだからってよー、嘘吐いてまで心配してもらおーだなんて、卑怯だぜ!」
 チラリ、とロザリアの様子を窺う…と、ロザリアは顔を赤らめている。
 ゼフェルは、ここで自分の失敗に気がついた。
 
 やっちまった!もともと男に免疫ねーロザリアじゃねーか!好きだ、なんて言われたら意識しちまうに決まってる!

 ジュリアスにこそ、恋のレースの大逆転を狙えるチャンスが訪れた。
 しかし、彼もまた恋愛初心者。中学生男子並みの彼が、それに気づけるはずがなかった。

「馬鹿者!わっ私が、ロザリアなどを好きになるはずがないだろう!」 
 中学生男子並み。

 ロザリアはピクリと動いた。

「ロザリアは、まだ子どもではないか!」
 中学生男子並み。

 ロザリアは震え出した。

 ぜいぜいと肩で息をしていたジュリアスは、ふと真顔に戻ったかと思うと、不敵に笑った。

「ゼフェル…お前はここで何をやっているのだ?今日中に片付けねばならぬ職務が、山のように残っていたと思うが、もう終わったのであろうな?」
「……あ」
 肺いっぱいに空気を吸い込むジュリアスを見て、ロザリアとランディは耳を塞いだ。
「あ、ではなかろう!早く戻れ!!」

 バサバサバサ、と、鳥が飛んでいった。

 耳を両手で押さえて悶絶するゼフェルの襟首を掴んで、ジュリアスは脇目もふらず歩いて行く。
 ゼフェルのささやかなヒーロータイムは、二分にも満たなかった。

 ランディが小走りでロザリアに近づいた。
「何があったんだい?」
「さあ、わたくしにもさっぱり…」
 ジュリアスに掴まれていた手首を摩っているのが、気になる。強く掴まれたのだろうか。
 こんなに細い手首なのに…大丈夫なのかな。
 痛みの程度を聞こうとして、ランディは口を閉じた。
 ロザリアの様子が、いつもと違う。

「でも…ひとつだけ学んだことがありますわ…」
 低い声。
「なにを…学んだんだい?」
 恐る恐る尋ねたランディを見ようともせず、ロザリアは続けた。
「心配するだけ、無駄ということを…ですわ」
「…誰に対してだい?」
 なにがなんだかわからないまま鸚鵡返しに尋ねたランディの顔に、恐怖の表情が貼りついた。
 失礼だとは思うが、脳裏に浮かぶ言葉はただ一つ。
 …鬼女、だ。
 おばあちゃん、本当に…いたよ。

「お二人とも、ですわよ!」
 ものすごい形相だ。
 『美人が怒ると怖い』って何かで読んだ気がするけど…そういうレベルじゃないよ。

 ランディは、ロザリアに抱いていたほのかな恋心がきれいに消えていくのを感じた。
 そして、これでよかったのだと、心の底から安堵した。

 最後に、美しく優雅な彼女が本気で怒った時の恐ろしさを知らないまま、彼女に恋をしてしまった彼らの未来の無事を祈った。










end   




novel  top