育成を頼みにきたロザリアをすぐには帰したくなくて、あれこれと話しかけて引き留めた。
最初は予定がどうとか言ってたが、結局は腰を落ち着けてくれて、一時間ほど話し込んだ。
オレは、ロザリアが好きだった。
プライドばっか高くて、オレが嫌いな『貴族サマ』で、でもなんかかわいくて、がんばってる姿見てたら抱きしめてやりたくなる。
コイツら…今、目の前にいるロザリアと、もう一人の女王候補のアンジェリークが来たばっかの時は、女王試験なんてどーでもよかった。
女王も宇宙もオレには関係ねーって思ってたから。
でも、必死でやってるコイツら見てたら、なんとなくそんな自分が恥ずかしくなってきちまって、
とりあえずはちっとは協力してやろーって思うようになった。
そうこうしてるうちに、オレは守護聖である自分についてだとか、宇宙のことなんかも考えるようになった。
だから、女王試験にも真剣に取り組むようになったつもりだ。
もう、どうでもいいなんて思っちゃいなかった。
それでもロザリアへの気持ちを消せなくて、やっぱり好きで。
試験も大切なもんだって考え始めた今も、ロザリアのことを諦めるなんてできねーでいる。
だから、オレがロザリアに気持ちを伝えないのは、ロザリアが女王候補だってことも、オレが守護聖だってことも関係なくて、ただ単にオレに自信がないだけの話だ。
週末は毎週のように遊んで、笑い合って…もしかしたらロザリアもオレのことが、なんて思っちまったりする時もある。
でも、それがオレの勘違いだったらとか、他に好きな男がいたらとか考え出すと、今のままでもいいような気がしてしまう。
オレが何も言わなければ、ずっとこうやって楽しくやってけるんじゃないか?
『一番仲が良い守護聖』として、傍にいることができんじゃねーか?
もちろん、そんなんじゃ満足できねーんだけど。
恋愛とかってあんましてねーから、どーしていーのかわかんねーんだよな。
不安と希望がごちゃ混ぜだ。
片思いってのをしてる奴は、みんなこんなんなんか?
途中までは、本当に楽しかった。
それなのに、つまらないことで言い合いになった。
後で考えたらどーでもいーよーなことで、いつもオレ達は衝突してしまう。
口論が高じて、大喧嘩になる。
こんなことしたくねーのに、止められない。
怒鳴りつけてしまったオレに、やはりいつものように金切り声で怒鳴り返してくるかと身構えた時。
「もう、止めてくださいませ」
そう呟いて、彼女は涙を落とした。
「わたくし、怒鳴られるのは平気でしたの。強がりではございませんわよ?でも、あなたを大切に思うようになればなるほど、それに耐えられなくなってしまいました。わたくしの想いが、その大声に踏みにじられているように感じてしまうのです」
―――――オレを大切に思うって…。
「愛しく思えば思うほど、わたくしは辛くなりますわ」
―――――愛しい…だって!?
あまりの驚きに、彼女の言葉を反復することしかできない。
これはなんなんだ?
もしかして、オレは今、告白ってやつをされてんのか?
信じられねー。
ロザリアがオレを…その…好きだ、なんて。
それなのに、彼女は今まで見たことがないほど、悲しげな顔をしている。
「あなたに悪意があるわけではないことも、よく存じておりますの。ですから、気にしないように努めて参りましたわ。それでも、胸が痛むのを止められません。わたくしは、もうこれ以上、ゼフェル様を好きにならない方がいいのかもしれませんわね」
皮肉を言っているようには見えなかった。
彼女は真剣だ。
―――――オレは、オレの気持ちを伝えてねーうちに振られちまうのか!?
眩暈がした。
よくわからないなりにも、喜んでいたのだが一気に冷めた。
どうして、オレはずっとロザリアがいてくれるなんて思えてたんだ?
好きな女を傷付けてたことすら気づかねーオレなんかの傍にいてくれるわけねーじゃねーか。
いつだってオレはこーだ。
考えなしで、オレを想ってくれる人を傷つけてばっかで。
「ロザリア…」
それでも。例えオレがロザリアに相応しくない男だとしても。
オレは絶対コイツを離したくねーんだ。
ワガママってやつなんだろーけど、オレはコイツが好きなんだ!
「そ、そのよー。おめーがそんな風に考えてたってこと、全然気づいてなくてよ…」
言い訳なんてしてる場合じゃないのはわかってんのに、こんな言葉じゃダメなのはわかってんのに、上手く口が廻らねー。オレの口はいつもトラブルばっか呼んできやがるが、こんな時まで役立たずかよ。
「オレ、おめーが…」
後を続けたいのに、どうやって続けていいのかわからなくなる。
とにかく、ずっと一緒にいてほしーんだ。
だから、オレは伝えなくちゃいけねー。
―――――口が悪いってことに甘えてたらダメなんだよ!
「悪かった。本当にすまねー」
息を大きく吸い込む
つっかえたら、そっからまた何も言えなくなっちまいそーだから。
「すぐには無理かもしんねーけどできるだけやってやる。できるだけってのは、オレができる精一杯で、ってことだ。絶対になんとかする。いや、してみせるぜ。もうつまんねーことで怒鳴ったりしねーって誓うぜ。オレだっておめーが好きなんだよ…だから、おめーに好きでいてほしーんだよ!」
一気に言ったら、今度はロザリアが呆気に取られたような顔をしていた。
「わたくしも…知りませんでしたわ」
ハンカチも使わず、手の甲で涙を拭った。
その瞳はもう新しい涙を流していなくて、オレは一世一代の勝負に勝利したことを知った。
「ゼフェル様が、わたくしをそんな風に思って下さっていたこと、気づきませんでしたわ」
頬が赤い。
さっき言ったことを思い出したらすげー恥ずかしいんだけど、オレが言った言葉でロザリアが赤くなってるってことが嬉しくて、気にならなくなっちまった。
「オレがおめーを傷つけちまうことがあったら、すぐに言えよ。そんなになるまで溜めてんなよ」
「だって…ゼフェル様だって悪いのですわよ?ゼフェル様はいつだって喧嘩腰で…最初はこちらから声をお掛けすることだって少し勇気がいりましたのよ?」
少しだけ甘えた声に聞こえるのは、きっと聞き間違いじゃない。
まさかこんな日が来るなんて。
オレ達が、俗に言う『両思い』ってやつだったなんて!
「なあ、オレはおめーが好きだからよ。その、何でも言ってほしかったりするんだぜ?」
顔の筋肉が知らず知らずのうちに緩んでいて、オレは臆面もない台詞を易々と口にしている。
「では…わたくしお願いがありますの」
「ん?何だよ。何でも言ってみろよ」
「…やっぱり、恥ずかしくて言えませんわ…」
首を小刻みに震わす。
うわ…かわいー…。
なんだよ、そんなかわいーの反則だぜ?
ちくしょー、知ってたけどよ…マジでかわいーぜ。
公園のベンチにいるアホなカップルをバカにできねーな。
オレも…おめーもバカだ。
―――――でもよ、悪くねーっつーか…すっげーいい。
「じゃあよ、オレの願い事聞けよ」
言うなり、ロザリアを抱きしめてやった。
ロザリアは短く声を上げたが、じっとしている。
あー柔らけー。
すっげーいい匂い…。
あ、なんか頭ぼんやりしてきちまった……。
「ゼフェル様…ゼフェル様…」
小声で何度もオレの名を呼ぶロザリア。
ロザリアに気があると思われる奴らの顔が浮かんでは消えていく。
あー!オレってなんて幸せモンなんだ!
「ゼフェル様!離して下さいまし!」
ガタッ
なぜか、勝手にドアが開いたようにオレには見えた。
「ゼフェル様のバカ!」
ロザリアはオレの手を振り払って部屋から出ていって、残ったのは。
オレとジュリアスだった。
ジュリアスは今まで見たことがないほど、悲しげな顔をしている。
今日は『今まで見たことがないほど悲しげな顔』をよく見る、なんてことをふと思った。
「残念だ。最近のお前を高く評価していたのだが…。婦女暴行などと、もっとも卑劣で愚かなことを…」
「婦女暴行!?オ、オイ、ちょっと待てって…」
「馬鹿者!この状況でどのように言い訳する気か!」
「いや、展開についていけてねーんだけどよ…」
ジュリアスの眉間の皺は消えるどころか、ますます深くなった。
オレの口からは、また言葉が出なくなった。
それどころか頭に何も浮かばねー。
そして この日は、オレにとって絶対に忘れたくないが、死んでも忘れたい日になった。
この後の一週間については何も思い出したくねー……。
end
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