オレが生まれた日は大雨だったと、お袋がいつか懐かしそうに教えてくれた。 それを思い出すと、なぜか雨が見たくなる。 雨が見たくなるのは、決まって6月1日。 だから、いつもその日に気がついちまうんだ。 誕生日とやらが、すぐそこに迫ってるってことを。
6月2日 「もうすぐお前の誕生日だったよな?」 「…ああ、すっかり忘れちまってたぜ」 「自分の誕生日を忘れてたのか!?」 「そんなもん覚えてるわけねーだろ。くだらねー」 例年通り、オレは覚えていた。 でも、なんとなくガラじゃねーよーな気がして、嘘を吐いた。 正確に言うと、『誕生日を覚えていないオレ』の方が、なんかサマになる気がするからだ。 こーいうのが一番かっこわりーことなんだって、内心恥じながら。 オレは、毎年嘘を吐く。 まだオレが守護聖なんてモンじゃなかったころは、意識なんかせずに同じ台詞を言っていた。 ダチとの遊びの約束や、うっすら見えてきた将来やりたいこと。 学校にだって毎日通ってた。たまにはサボってたけどな。 忙しい日々は、誕生日を自然に忘れさせた。 『誕生日おめでとう』 それでも祝ってもらえると、素直に嬉しかった。 雨が降る日に、家にいるのが好きだった。 外の雨音を聞きながら、部屋の中にいると、安心した。 単純に、なんとなく守られてるよーな気がした。 外に出たら、冷たい雨粒がオレを叩くんだろーけど、ここにいたら大丈夫なんだって。 傘を忘れた親父が、びしょ濡れになって帰ってくるのを見るのも好きだった。 今オレがいる場所。 ここにだって、それなりに大事なモンができた。 でも、なんつーか、なんか違うんだ。 いつもオレを気にかけてくれてるルヴァ。むやみやたらに元気なランディや、他のヤツらのことも気に入ってるっちゃ気に入ってる。楽しいことも、ムカつくことも普通にある。 でもよ、やっぱ違うんだよ。 オレだけが感じる雰囲気っつーか、匂いっつーか…とにかく、ここにはそーいうのがねーんだ。色がねえっての? だから、借りモンの人生を生きてる気がする。 雨が見たい。 6月3日 やっぱり快晴。 いつも通り飯食って聖殿に行った。 途中で眠くなってきたから、仕事もそこそこに切り上げて、帰ってきて昼寝した。 夜起きたら、女王候補の二人が何度も執務室に来ていたと聖殿から連絡があったと言われた。 いまさらどうしようもねーから、また寝た。 6月4日 起きたらもう夕方だった。 寝過ぎたせいでガンガンする頭を持て余しながらぼんやりしていると、今日の日付を思い出しちまった。 鬱陶しい気分を変えようと、外に出た。 公園でブラブラしてから森の湖まで足を伸ばしてみると、湖の畔にロザリアが一人で立っていた。 「おう、何やってんだ?」 声をかけると、ロザリアは戸惑ったようにキョロキョロと視線を動かした。 「一人でこんなとこにいる奴ってあんま見ねーからちょっとビックリしたぜ。ま、オレも一人だけどよ」 「あの…ゼフェル様はどうしてこちらに?」 わけわかんねー質問を、俯きながら寄越してきた。 ヘンな奴。 「ああ、ただの散歩だ」 「そうですの…」 気落ちしたように呟いて、ため息を吐いた。 「おめーは散歩じゃねーのか?」 「え?…ええ、そうですわ。少し気分転換に」 取り繕うように上品に笑ってから、気まずそうに湖へと顔を向けた。 曖昧な態度は、ロザリアらしくない。 何かあったのかとも思ったが、それよりも苛立ちが勝った。 帰ろうか、と考えていると、水の音とロザリアの声が同時に聞こえた。 視線をロザリアに移すと、少し興奮した様子で湖面を指差した。 「今、あのあたりでとても大きな魚が跳ねましたわ!」 嬉しそうなロザリアに水を差すのも気がひけて、もう少しここにいることにした。 「大げさだな、おめー」 苦笑すると、ロザリアは強い口調で言い返してきた。 「本当にとても大きかったのですわよ!これくらいはありましたわ!」 ガキみてーに口を尖らせて、手を大きく広げる。 「おめーの手と手の間、1メートルくれーはあるぜ?」 「…あら。で、でも、これくらいはありましたわ!本当ですわよ!」 手の間隔を半分くらいに修正して、それでもムキになっているロザリアがおかしくて、大声で笑ってしまった。 抗議の声を上げるロザリアを無視して、笑いながら湖に向かって数歩ほど歩いた時、足元にあったらしい木の根にひっかかって、オレはバランスを大きく崩した。 「うわっ!?」 手が掴まれて、体勢を立て直しかけたのは一瞬だった。 結局、盛大な音を立てて湖に落ちた。 ロザリアを道連れにして。 「冷てー!」 そう叫んだオレとは対照的に、ロザリアは無言だった。 自分の身に起こったことが信じられないらしく、倒れたまま放心している。 傾いて動かないロザリアの前髪から、水滴がポタポタと落ちた。 「おい、大丈夫か?」 「……」 声をかけても返事をせず、何度も目を瞬かせている。 「おいって」 繋がれたままの手をぶらぶらさせてやると、ようやくロザリアは身を起こした。 「確かに冷たい…ですわね」 トンチンカンな台詞は、またオレを笑わせた。 「ゼフェル様!わたくしゼフェル様をお助けしようとして湖に落ちたのですわよ!それをお笑いになるなんて、ひどいですわ!」 手を離して、アンジェリークに小言言ってる時と同じ顔で突っかかってきたが、その必死さが笑いをさらに増幅させる。 「おめーおもしれー奴だったんだな、すげー笑える」 こちらを睨んで何か言いかけたが、オレの顔をまじまじと見た後、顔を赤くした。 「なんだよ、恥ずかしがってんかよ?いや、マジでおもしれーわ。しとやかにかしこまってるいつものおめーより、ずっといーぜ」 あー、見る目変わりそーだ、と付け足した自分の台詞が、また笑いの波を起こす。 笑い転げてると、どん、とロザリアが体当たりしてきた。 「おわっ!…なんだよ、そんな怒んなって!…あー笑い止まんねー、あのロザリアが、オレに体当たりしてくるなんてよー」 ロザリアを受け止めながらしつこく笑ってると、ほのかに甘い香りがした。 冷たくなってたはずの身体が、少し火照った。 「…もう、本当にひどいですわ」 呟いて、オレの胸を優しく叩いた。 それに合わせるように、心臓が跳ねた。 日が落ちかかった森の道を、二人で歩く。 「さみーな…」 「風邪をひいてしまいそうですわ」 「わりーけど、オレには貸せるモンなんてねーぜ」 「わたくしにだってありませんわ。ゼフェル様のおかげでハンカチも水に濡れてしまったのですもの」 重い身体を引き摺るようにして、ゆっくりと進む。 でも、思い切り笑ったせいか、疲れが妙に心地いい。 「濡れてるから草とか葉っぱが身体にはりついてきて、気持ちわりーな」 「でも、少しだけ楽しいですわ」 「あー?なんでだよ」 「お笑いにならないで下さいね?」 「自信ねーけど、言ってみろよ」 「幼い頃に映画で見た、熱帯を冒険する探検隊になったみたいで…」 あまりにも子どもっぽいロザリアの台詞は、当然オレの笑いの感情を刺激したが、なんとかこらえた。 肩の震えは抑えられなかったから、バレてんだろーけど。 「…あんまりわたくしを馬鹿になさると、もう差し上げませんからね」 プイと横を向いたロザリアは、『女王候補』じゃなくて、ガキの頃に一緒に遊んだアイツみてーだ。 一つしか変わんねーくせに、やたら年上風吹かしてて勝気だった幼馴染。 「もしかして、誕生日プレゼントってやつか?」 「ええ、そうですわ。あら、覚えてらしたの」 「あ…いや、ランディに一昨日くらいに言われて思い出したんだよ!オレが自分の誕生日覚えてたらわりーのかよ」 「もう、そんなことはどちらでも構いませんわよ」 投げやりな口調で言われて、そーだよな、と思った。 「でよ、もったいぶってるけどよ、どーせオレの趣味じゃねーよーな、ジュリアスとかリュミエールあたりが喜びそうなモンなんだろ?…まあ、せっかくだからもらっといてやるけどよ」 「ゼフェル様が欲しがってらした部品ですわ」 「マジか!?つーか、なんでおめーが知ってんだ?」 女王候補ですから、と答えになるよーななんねーよーなことを言ったロザリアは、なんでかしんねーけど照れてるみてーだ。 そんなことより、と差し出された小箱は、オレやロザリアと同じく濡れていて、ベコベコにへこんでいた。 「うわー!ちょっ、貸せっ」 乱暴に箱を開くと、ロザリアの言った通り、オレが前から欲しかったそれが出てきた。 ずぶ濡れで、使いモンになんなくなった部品が。 「ひでーぜ…」 「ゼフェル様のせいですからね」 顔を上げたオレに、ロザリアは楽しそうな表情で言った。 「お誕生日おめでとうございます、ゼフェル様」 「…ああ」 ああ、これだよ。 遊びつかれた日に見る夕暮れ。 水に入った後に感じる特有の身体の重さ。 身体にはりつく草。 その全部が合わさった状況になった時、もしかしたらそのどれかだけでも、オレは多分今日のことを思い出すよーな気がする。 そう、この感じだ。 「おめーのお陰で、借りモンじゃなくなったみてーだ」 「借り物?」 「まあ気にすんな。また遊ぼーぜ」 「…ええ、今度は水のない場所で」 「根に持つなって」 「持ちますわよ」 「しつけーな」 「しつこいですわよ、わたくしは」 来年の誕生日にも、コイツと一緒にいれたら楽しいかもしんねーな。 そんなことを考えながら横目で見たロザリアは、笑顔だった。 end novel top |