人生の終わり





 結果、女王候補レイチェル・ハートは補佐官職に就き、王立研究院主任であったエルンストは、他の協力者達とともに下界へ降り、新たな赴任先へと赴いた。



「レイチェルはエルンストさんが好きでした。あ、レイチェルから時々相談を受けていましたから。エルンストさんもレイチェルが好きだったんじゃないでしょうか。いえ、直接お聞きしたわけではありませんけど、私の目にはそう映っていました。レイチェルの恋が実ってほしいと願っていましたから、願望がそう見せていたのかもしれません」


「レイチェルと散歩をしている時に、偶然エルンストさんとお会いしたのですが、彼女はその後ずっと浮かない顔をしていました。ですから、二人の間になにかあったのかなと思ってはいました。エルンストさんについてですか?彼とはそれほど親しかったわけではないので、申し訳ありませんが僕にはわかりません」


「エルンストさんには、なんとなくいつもと様子が違うっていうか…話しかけてほしくなさそうに見える時がありました。それは決まってレイチェルと会った後だったみたいだから、レイチェルのことが嫌いなのかなって思ってました」


「いえ、私には何もわかりません。ただ、レイチェルがエルンストにまとわりついていたという印象はありますな。エルンストは少し迷惑そうにしていたように記憶しておりますが」







 私になにができたというのでしょうか。
 
 朴念仁である私に好意を、いえ、好きだと言ってくれましたね。
 その言葉を聞いた時は、なんという都合のいい夢なのかと本気で思ったものですよ。
 結局、最後まで伝えることができませんでしたが。

 研究者冥利に尽きる事態の到来が、当時の私をひどく興奮させていました。
 新宇宙の誕生。
 何百億年に一度あるかないかの瞬間に立ち合えたのですから!
 寝食を忘れて新たな宇宙の観測や分析に没頭し、新しい発見があるたびに無上の喜びを感じていました。

 だからこそ、言えなかったのです。
 あなたは、宇宙の発展に最も影響を及ぼす存在である、新しい宇宙の女王となる可能性を持つ女性であったから。

 私の手によって、新たな宇宙の未来が変わる。
 想像するだけで、私の身は竦みました。

「今、あなたがワタシをどう思っているのかが知りたいだけなんだヨ!簡単なことでショ?」
 
 激しい感情をぶつけてくるあなたは、とても健気に、そして眩しく見えました。
 様々な思いが溢れ出し、その濁流が私の思考能力をも流し去ってしまったためにパニック状態に陥りました。
 呆然と立ち尽くしたまま動かない私を見据えた視線が厳しいものであったことと、業を煮やして踵を返したあなたの背筋が真っ直ぐに伸びていたことを、よく覚えています。

「簡単なことではないと思います」
 気力を総動員してようやく形にできたのは、まるで見当違いのように聞こえる言葉でした。
 その言葉に全ての想いを込めたつもりだったのですが、あなたに取ってはそれこそ全てが足りなかったのでしょう。
 美しい直線を描いたままのあなたの背中に、私の発した小さな音は跳ね返されて消えてしまったように感じました。
 
 レイチェル、私もあなたが好きでした。
 生涯を共にしたいと思うほどに、愛していましたよ。






 エルンスト、元気にしてる?
 きっとワタシがいなくても、あなたは変わらず研究に没頭してるんだろーネ。
 うるさいのがいなくなったって、胸を撫で下ろしてたりして。
 …もしそうだとしたら、やっぱりちょっと悲しいナ。

 でも、困ってたよネ?口に出さなくてもワタシのこと好きなんだって思い込んで、わがままいっぱい言っちゃってたから。
 ワタシは女王候補だった。幼くて、怖いもの知らずだった。
 思い通りにならないことなんてないって、思ってた。
 そうじゃないんだって教えてくれて、アリガトウ。
 そして、本当にゴメンナサイ。






 私は私なりのやり方で、人生を送ってきました。
 私の態度は見る者に不快感を与えがちだったようで、多くの衝突を経験しました。
 まだ学生であった頃、口下手な自分を変えるべく試行錯誤をしたことがありましたが、結局私は変われませんでした。
 そして私はそれなりの処世術、と言うと語弊がありますが、なんとか自分のスタイルというものを確立することに成功しました。
 あなたより十年ほど長く生きていた私は、自分が築き上げてきたものに愛着があったのです。
 あなたは若く、限りない可能性を秘めていました。
 私はそれを羨ましく思っていました。
 しかし、逆に煩わしいと感じる時もあったのです。
 私とあなたは違うのだと言った時、あなたは黙ってしまいましたね。
 内心の狼狽を隠して、私は冷静な顔を崩さず言いました。
「全ての人が同じ考えではないでしょう。当たり前のことだと思いますが」






「全ての人が同じ考えではないでしょう。当たり前のことだと思いますが」
 わかってたヨそんなの。
 数え切れないほど人間がいるんだし、確かに当たり前だよネ。みんな一緒だったらキモチワルイって私も思うヨ。
 それでも、アナタとだけは、何かを共有したかったの。
 計算では割り切れないものを、共有したかったんだ。






 ああ、私は甘えていたのですね。
 時折自分でも疎ましく感じていた年長者であるがゆえの驕りではなく、あなたに一方的に寄りかかっていた私の精神こそが問題だったのです。
 四角張った私の堅い考え方も、意固地になって守ろうとした研究への情熱も、全てを受け入れた上で、好きだと言って欲しかったのだと思います。
 それを言えない私の身勝手さすらも、あなたのその柔軟さで受け入れて欲しかったのです。
 情けない男だと、笑って下さい。






 聖地を去ろうとするアナタにかけた言葉を思い出すと、恥ずかしくてタマラナイヨ。
「アナタはいつかワタシの気持ちに応えなかったことを、絶対に後悔するんだから。そうでなくちゃ許さないんだから!」

 お別れの言葉がこれだなんて…ワタシってバカ。
 アナタが相手にしてくれなかったから、すごく悔しかったの。
 ウン、悲しさより悔しさの方が大きかった。
 …ワタシって本当に、コドモだったんだネ。
 アナタが好きになってくれなかったのも、トーゼンだったと思うヨ。





 レイチェル。
 私は今、生を終えようとしています。
 家庭を持つことはありませんでしたが、充実した人生だったと私自身は満足しています。
 しかし、全く心残りがないとは言えません。
 過去に言えなかった言葉とは違うものになりますが、一つだけお伝えしたいことがあるのです。
 
 このような仮定は私の最も嫌うところであったはずですが、どうしても想像してしまいます。
 もしも、輪廻転生というものがあるのならば、私はあなたのいる宇宙に生まれ落ち、あなたに伝えに行くのです。
 あなたが予言したとおり、何度も後悔したことを。
 エルンストと呼ばれた男は、それこそ死の直前まで悔やみ続けていたと、あなたに教えて差し上げるために、必ずあなたに会いに行きます。
 
 きっとあなたは呆れた顔で言ってくれるでしょう。
「そんなどーでもいいコトわざわざ言うために生まれ変わってきたの?ホントバカみたいに几帳面なんだから!」と。
 
 自らで体験することによって、恐らく私は転生なる不可思議な現象についての情報を、少なからず得ているはずです。
 あなたの知的好奇心を満足させるべく、それを提供いたしますから…その代わりと言うのもおかしいですが、できればあなたに許していただきたいと思うのです。

 聞き入れて下さると嬉しいのですが。






 




end







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